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September 2005

September 28, 2005

希望無き者たちとナショナリズム

「富の独裁者」エイミー・チュア著(光文社)
世界を混乱におとしいれ、民族紛争の報復の連鎖を生む要素として極端な自由主義的市場経済、多数決民主主義、経済支配的少数民族をあげ、非欧米諸国で起こった少数民族による専制や多数派民族による苛烈な報復(虐殺)についての論考とアメリカが世界経済の中の「経済支配的少数民族」と見なされている危険性を指摘している。
読了して感じたことは、「劣等感、嫉妬心を持ち自分の将来に対する希望の無い者がいかに憎悪を煽るような民族主義に溺れ、残虐な行為に手を染めやすいか」だ。
経済格差の問題は、実際の格差よりも、どれくらい不公平感があるかが憎悪や、屈辱感の増大にかかわってくる。

筆者はあまり触れていないが、アメリカ国内の犯罪の多さも格差による不公平感がかかわっているのだろう。

性急に骨太(に弱者を叩く)な改革を進めているこの国で溜った鬱憤が、昨今の民族主義的傾向の増大や差別的な近隣諸国に対する悪罵の根源なのかもしれない。口汚く罵ることで溜飲をさげて癒される。それだけでいいのだろうか。

これらの憎悪を解決するには、寛容と互譲の精神を訴えるだけで足りるのだろうか。漸進的ではあっても不公平を取り除く有効な手立てが必要なのではないだろうか。

世界第2位の経済大国のこの国で、ただただ自己愛に溺れて自らを踏み潰そうとする者に喝采を送っている姿を果たして他の国の人々から同情してもらえるだろうか。良くて迷惑な隣人、悪ければ憎しみと軽蔑が待ってはいないか。

それを解決するのはイメージ戦略だけでこと足りるとは思わない。サラ金のようにお金をかけたり様々な権謀述作でイメージをコントロールしたところで、醜い姿は変わりはしない。自分たちのことは自分たちで解決するしかない。
他者を侮り肥大化した自己評価は却って自らを危うくすることにつながる。

この国は自分たちのことを自分たちで解決できるだけの経済的基盤と、不完全な制度ではあっても政策形成の過程に参加する術とそれなりの教育水準を持っている。だからこそ、愛は盲目では済まされない。自治し自己改善をはかる責務を負っている。
これからのこの国で、破壊され尽くした不公平是正のための手段の前で未来の人々が絶望しなくて済むように。今できることを一つずつやっていきたい。そのことが偏狭なナショナリズムを克服する第一歩なのかもしれない。

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September 25, 2005

NYタイムズの記事に外務省が抗議?

gooニュースより引用
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自民党「支配」中朝と同一視 米紙NYタイムズ報道 外務省、不公正と“抗議”
2005年 9月23日 (金) 02:55

 【ワシントン=古森義久】米紙ニューヨーク・タイムズの日本の政治や選挙に関する報道は不公正だとして、外務省が二十一日までに同紙に投書の形で抗議の意向を伝えた。投書はニューヨークの日本総領事館経由で送られた。

 外務省側が問題にしたのはニューヨーク・タイムズ九月七日付の東京発の「なぜ日本は一党に統治されることに満足なのか」という見出しの報道記事と小泉純一郎首相を批判した同十三日付の社説。投書は「貴紙の日本に関する報道への懸念を深めている」として、まず「七日の記事は自民党の統治の役割を不公正にも中国や北朝鮮の一党支配にたとえている」と述べている。


 同記事は日本国民が今回の選挙でも自民党を選ぼうとするのは民主主義の基盤が弱いからだという趣旨で、自民党の長期政権保持を中国や北朝鮮の共産主義政権の支配にたとえ、韓国や台湾の方が市民社会や自由なマスコミが健在で民主主義がより進んでいる、と述べている。


 文中には「日本の民主主義は幻想、その基盤は希薄」「五十年の一党支配が民主主義の成長を止めた」「マスコミはみな自民党路線」というような記述が続出する。記事は民意の反映の結果としての自民党の政権担当という民主主義の基本を無視しているわけだ。


 外務省の投書は今回の総選挙が有権者の改革継続への支持の劇的な結果だとして、「すべて日本の民主主義の社会と制度の枠組み内での問題解決への道」だと評し、北朝鮮などはそうではないと強調している。


 十三日付社説は、総選挙が郵政民営化だけを争点としたとして、その結果、「小泉首相の軍事的ナショナリズムという日本の伝統の愚かな受け入れを容認することとなった」と述べ、さらに「軍国主義者が祭られる神社への小泉首相の参拝と、より力強い軍事政策への同首相の支持はアジアの世論を警戒させた」と論評している。つまり、小泉首相は軍国主義を推進していると非難するに等しいわけだ。


 この点、外務省の投書は、アジアでの日本の役割は日本の内外での論議の的となっているとしたうえで「日本は平和憲法や国際協力、そして隣国との相互に有益な関係の保持を続ける構えだ」と述べるとともに、「小泉首相は日本に過去六十年、平和と繁栄をもたらした基本原則から逸脱はしていない」と説明している。


 小泉首相を軍国主義者とみなすニューヨーク・タイムズの対日姿勢は中国の公式主張にきわめて近く、日本外務省としても放置はできないと判断したのだろう。

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日本のマスメディアならきっとこういった圧力に簡単に屈するんだろうな。
ところでこの記事産経新聞配信のはずなのに本体の産経WEBのほうでは見つけられなかった。

もしかして、自分たちの主張が「軍国主義的」にカテゴライズされるのがばれると思って?
まさか、産経新聞の主張を「普通」と感じる人以外にははなからばれてるからそんなことやってもムダだもんね。

現在アメリカはイラク戦争による戦死者の増大と戦費の拡大やハリケーン被害の対応などでブッシュ政権の人気が急降下している最中。どんな反応が返ってくるのかこないのか。楽しみに待つとしよう。

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September 23, 2005

@nifty:NEWS@nifty:ヤミ金取り立て苦に男性自殺…警察、対応遅れる(読売新聞)

リンク: @nifty:NEWS@nifty:ヤミ金取り立て苦に男性自殺…警察、対応遅れる(読売新聞).

さて、この記事を読んで「ヤミ金は怖い」「ヤミ金を借りるなんてなんてバカなんだ」と思う人は多いだろう。
しかし、この国の恐るべき不平等の実態に気づいている人は少ない。
本文に入る前に憶えておいて頂きたい数字がある。わたしたちが預けている普通預金金利は、2003年11月3日以来0.001%が2005年9月5日まで続いているということだ。日本銀行発表による。
もう一つ法律を憶えておいて欲しい、それは利息制限法という法律だ。これは第1条で利息の最高限度を定めており、制限金利を超える部分の契約を無効とする法律である。元本が10万円未満の場合は年20%、元本が10万円~100万円未満の場合は18%、元本が100万円以上の場合は年15%で、貸し金契約の利息はこれを超えてはならないとしている。

昨今テレビや新聞・雑誌でも消費者金融(サラ金)のCMを目にしない日は無い。子供や家族で観るゴールデンタイムにもかわいい動物やおもしろおかしいCM、きれいなお姉さんがたくさん出ている。かなり制作費も広告費もかかっている。
しかし、このCMのなかで29.2%とする金利に気づいている人もいるだろう。
おかしいとは思わないか?利息制限法に反する利息が堂々とゴールデンタイムに流れているなんて

その種明かしは、出資法という罰則規定のある法律と裁判のときに適用される利息制限法が二重構造になっていることにつきる。

この差額については特定調停や裁判を起こさない限り、「任意」とみなされ返ってこないのである。

こんなCMをバンバン流しているのだから、「利息」に無頓着なイメージに左右されやすい人はひとたまりもない。困ったら、借りてしまうのである。簡易裁判所にいくと、この被害にあって幸いにも特定調停を知った人が毎日長蛇の列をなしている。知らない人は夜逃げしたり、友人や親類に借金して返済したり、なかには自殺に追い込まれる人もいる。

サラ金業界はテレビ・雑誌だけではない。インターネットを通じてもそのダーティーなイメージの払拭に懸命だ。
株式会社日本総合研究所が一般消費者(消費者金融会社の利用者および未利用者)の消費者金融業界に対する理解度、イメージ等を把握して、今後の消費者金融業界を拡大するための戦略検討の基礎資料がネット上に堂々と公開されている。馬鹿にされたもんだ。

私たちもイメージ戦略のターゲットにされているのだ(千里山一里参照)。

日弁連が広告を規制するように意見書を発表しているが、「公共性」を連呼していたはずの日枝民法連会長は平成15年7月17日(木)定例記者会見で、青少年委員会が求めた午後5時~9時の時間帯規制を一蹴している。

じゃあ「サラ金は怖いから銀行系のキャッシングなら…」。という向きもあるだろう。しかし、利息制限法ギリギリでやっている銀行系の年利18%~8%(10~100万円の場合)を小学生に戻った気分で、わたしたちの銀行預金金利と比較したい。
18%は0.001%の18000倍である。たとえ8%だとしても8000倍の重大な格差がある。
窓口はどんどん減らす、自分のお金を引き出すのにお金がかかる。預金口座を持つことだけでさえお金を取る銀行もある。「こんなサービスで公的資金を、総額58.15兆円もつぎこんだのに、民業圧迫などちゃんちゃらおかしい」が率直な感想だ。
こんなめちゃくちゃな銀行の理屈が郵政民営化をする理由の一つになっていたことを忘れないでいただきたい。

なんでこんな不法がまかりとおっているか?政治が金で買われつづけているからだ。

広告代理店の大活躍で、自民党とサラ金はとってもイメージが良くなった。イメージに踊らされるな。

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September 22, 2005

民主主義の危機 表現の自由は死んだのか?

9・11はこの国の表現の自由を、マスメディア自身がかなぐり捨て、利潤の犬たる醜い姿が白日の下に曝された日でもあった。

最近私はブルーリボンをサイトにリンクした。これは、インターネットの表現の自由を守ろうというキャンペーンに賛同する趣旨だ。マスメディアだけではない。インターネットの表現の自由もいま危機に曝されている。

とくらblogで紹介されていた記事がそのことを物語っている。
JANJANによると、YOHOOの子会社オーバーチュア社が「靖国参拝」「反日デモ」「憲法9条」などの用語を含む記事に関する広告掲載を拒否するケースが多発したことで、広告契約を結んだ日本ビデオニュース社がウェブサイトの検索連動型広告システムを運営するオーバーチュア株式会社(本社・東京都港区、上野正博社長)を相手取り、東京地裁に広告掲載を求める仮処分命令を申請した。
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日本ビデオニュース社は05年3月30日に検索連動型広告システムの契約を締結した。ところが、当初から「靖国参拝」「反日デモ」「憲法9条」などの用語を含む記事に関する広告掲載を拒否するケースが多発した。そこで、オーバーチュア社に問い合わせたところ、「特定の政治団体・個人を誹謗中傷するような内容が見受けられたため、弊社ガイドラインにより、掲載をお受けできないと判断した」との回答(7月13日)があった。

 日本ビデオニュース社が「どの部分が誹謗中傷なのか」と問い合わせたのに対して、オーバーチュア社は「誹謗中傷」は取り消したが、今度は「特定の組織・団体への批判が含まれる」として、日本ビデオニュース社のサイト全体について広告掲載を拒否することを通告(7月20日)してきた。

 さらに、日本ビデオニュース社は「報道機関の広告は掲載しないという趣旨か」と問い合わせた。これに対して、オーバーチュア社は「特定の組織・団体への批判と見受けられる表現がある場合は掲載不可」との回答(7月26日)を寄せた。それ以降の問い合わせには回答がない。日本ビデオニュース社の話では、これまでに依頼した広告のうち、174件が不掲載になっているという。
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憲法で保障された権利よりも、一私企業の内規を上に置くという思想にインターネット広告を寡占している企業の傲慢さがにじみでる。大きな力を持つ私企業が個人の知る権利や他社の表現の自由を侵害する典型例だ。
JRでも経済効率を無視して、運転士をコンビニやレストランで働かせるという嫌がらせが横行したことを忘れてはならない。
経営者であっても経済効率だけで動くとは限らない、人間は主観の枷から逃れられないからだ。市場原理主義はこの点をわざと隠蔽している。

先日書いたトヨタ自動車や旧来から知られる建築関係の会社の選挙介入は、短期的な経済効率のみから行われる社会や政治への不当介入といってもいいだろう。

最近感じたことは、タダで垂れ流されるテレビの情報歪曲の酷さだ。タダほど高いものは無いということだろうか。
自ら調べ労力をかけたり、書籍を購入したりできない人間は情報操作の餌食になる時代が到来している。
自らの利益を守るためにも信頼できる正確な情報源と判断能力が必要だ。
虚飾と礼賛の渦に弱いものが飲み込まれていく。渦に飲み込まれた者を自己責任論で切り捨てる。
人間が人間らしく生きる権利そのものが奪われる序曲だ。

On the Beachに全く同感。
北朝鮮の人々をあざ笑うことなど今の私にはとうていできない。

法格言で「権利の上に眠れるものは保護されない」という言葉がある。自分たちが何もしなくても守られるということは無い。主張しはっきりと意思表示しなければ権利は権利ではいのだ。

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September 19, 2005

年次要望書と日本の右翼

いま様々なブログで ZAKUZAKUの ナゼ読めない…「アマゾン」で1年超も品切れの本 が話題になっている。

これは、関岡英之(著)「拒否できない日本」(文春新書)米国政府による日本改造(構造改革)が進んでいるがなぜかアマゾンで買えない状態が1年以上品切れになっているというものである。

郵政民営化問題を考えるにあたって、アメリカ大使館ホームページに日本語で書かれている「年次要望書」の存在は一種常識とさえいえるように感じていたし、書店でも同書をみかけて「読んでみたい」と思っていたのでかなり驚いた。

この件について書かれているブログなどを読んで改めて思ったことがある。日本の「右翼」は本当の意味での「右翼」の名に値すらしないということだ。

いわゆる「右翼」と言われる人々は、この年次要望書の件だけではないが、中国や韓国政府が日本政府の姿勢に注文をつけたりすると口汚い言葉で罵りすさまじい勢いで叩いているのを見かけるのだが、こと、アメリカによる内政干渉の歴史については、中国や韓国などの政府による注文よりも影響が大きいにもかかわらず、国民の利益に重大な侵害となる可能性のあることについてごく一部を除いてダンマリを決め込んでいる。

これはいったい誰のための右翼活動なのか?

ご存知無い方も多いかもしれないが、右翼の大物児玉誉士夫の行動から日本の右翼のへたれぶりの原因を推察できるかもしれない。
児玉誉士夫については、「右翼の大物」であったことは史実であるが、その実態は「利権商業右翼」であり、米国CIAに篭絡された売国右翼であったと言われる

日本の右翼運動は、戦後すぐの時点でCIAの手先運動と化していたのだから、米国の干渉についてダンマリなのも納得がいく。

因みに、新潮45の2001年4月号に「児玉誉士夫の召喚回避に手を汚した東京女子医大」という記事の掲載があった。ロッキード事件で長年入院していた東京女子医大に、児玉誉士夫を仮病で入院させたことについての内部告発文書が組合の掲示板に昨年頃掲示されていたことも付け加えておこう。

「愛国心」からやったことならばコソコソ仮病で入院する必要はないだろう。やましいから仮病で入院したのだ。

私が日本の自称「右翼」を信用しないのは、大物からしてこの屁たれぶりだからだ。

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September 18, 2005

靖国神社と愛国と

愛国心を声高に叫ぶ輩ほど疑わしいものはない。何かやましいから声高に叫ぶのだ。
しかも、たかだか明治以降に出来た歴史の浅い時の政府がつくった神社を詣でることだけが「愛国」などという輩をどう信用しろというのか?
自分たちだけが愛国者で、それに異を唱えるものがすべて愛国でないという二項対立式の単純思考しか出来ないからだろうか。
そうではない。二項対立の思考の罠に陥れるためのプロパガンダだ。

遊就館に行ってみればよい。電通出身の宮司が知恵をしぼった美しく飾り立てられ洗脳的な展示が連なっている。全く知識のない人がこれだけを信じたらさぞや国際人とは程遠い人間像ができあがるだろう。英雄崇拝主義と戦争美化のファンタジーが満載だ。右翼のためのディズニーランドだ。私は見学したときに「これを見たら、中国や韓国をはじめとした太平洋戦争の被害者が怒るのは当然だ」と思った。

自分達の大失態を癒すファンタジーに溺れることで、事実から目を背けこんどは自らの国を沈没させることになりはしないか?私には、遊就館の叫ぶ愛国は泥舟のように写った。

自分の愛する人々を守るためには、事実から目を背けず、何が正しいのか考えつづけ、行動しつづけるしかない。

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September 16, 2005

自由と民主主義

この国で長年与党を続けている「自由民主党」。
総選挙後、郵政民営化反対議員たちの権威迎合ぶりに辟易しながら、名前負けというよりは、その党名自体が「詐欺」だよなと思いつつ。その党名を体現していたのはいつのことだったのだろうと気になった。

WIKIによると自由とは、他のものから拘束・支配を受けないで、そのもののあるがままにあること。義務とは、切り離せない関係であるといわれるが、それは全くの間違いである。やむを得ない理由により義務を果たせない人の自由を否定するものであるとの批判もある。近代における自由の概念は、他者の意志にではなく自らの意志に従って行為することとして捉えることができる。この自由概念が封建的な身分制からの解放という思想を導き、ヨーロッパにおける市民革命を育んだ。
自由はまた他者の自由とも衝突する。 他者の自由を尊重せず勝手な振る舞いをしてはならない、という考え方は、J.S.ミル『自由論』のなかで表明され、今日他者危害の原則として広く支持されている自由観である。

近代的意味の定義からすれば、郵政民営化反対で当選した議員連中の擦り寄りは自由とは程遠い感は否めない。
そのもののあるがままにあるのは、小泉クンと側近連中だけだろう。

民主主義(みんしゅしゅぎ)は、デモクラシー(democracy)の日本語訳で、君主の対概念として民主なるものを立て、君主ではなく人民(ないしは国民)が主権(支配の正統性および実際の政治権力の双方を含む)をもち、為政者と人民が同じ(治者と被治者の自同性)であるとする政治的な原則や制度。
転じて、個人の人権(自由・平等・参政権など)を重んじながら、多数で物事を決める原則を民主主義と呼ぶ場合もある。 単純な多数決と混同されることが多いが、多数決が単に多数であることに正当性の根拠を求めるのに対し、民主主義は最終的には多数決によるとしても、その意思決定の前提として多様な意見を持つ者同士の互譲をも含む理性的対話が求められる点でこれと区別される

この点では、形式的意味の民主主義である多数決主義ならば自民党ほど数の力で相手をねじ伏せることに恥を感じない政治家の多い政党は他に類を見ない。小選挙区制を信奉するということはそういうことだ。1票でも少数ならば国政に意見を反映させない制度だから。近代以降の定義には明らかに反している。

考えた結果、自由民主党は、前近代の自由民主党略して前自民党と改名すれば詐欺じゃなくなると結論付けた。
民主党も…ごたぶんに漏れずファシストの巣と化しているようだが。「世に倦む日々」参照
憲法改正のまやかしで、コメントさせていただいたが、こいつを日本のブレアと呼ぶしかないだろう。
まぁ、民主党の内部には以前から土屋たかゆきのような民主主義の敵が大勢いらっしゃるようですが。「自民党と変わらないかもっと酷いのなら自民党に」と投票した人が多かったから今回の総選挙で大負けしたのかもしれませんね。

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September 15, 2005

民主主義の危機(母校都立大学の中で起こっていること)

私はン年前に東京都立大学を卒業した。
小規模の公立大学ゆえのほのぼのと自由な校風が自慢だった。
授業内容などについても学生代表と教授会が話し合ったりできるような。
私は昼夜開校という他に類のない恵まれた環境でアルバイトをしたり派遣社員として働いたりしながら学ぶことができて幸せだったと思う。恵まれたことに対する恩返しをしたいという気持ちもある。

さて、あたかも郵政民営化すればすべて上手くいくとマスメディアも総動員の詐欺的な論法で与党が圧勝した(小選挙区制度マジックともいう)今回の総選挙だったが、これをきっかけに自分でできることは、この国で起こりつつある全体主義の萌芽をつみとるべく知りうる限りの民主主義の危機を一人でも多くの人に伝えることだと感じたので、あまり知られていない大学破壊について取り上げてみたいと思う。

今年4月石原慎太郎都知事の肝いりで、都立の4大学が合併され「首都大学東京」なるものが発足した。
その経緯は、都立大学改革問題資料集に詳しい。
おおまかにまとめると、それまで都立4大学(都立大学・科学技術大学・短期大学・保健科学大学)と都大学管理本部の協議により検討・準備が進められてきた大学改革構造が2003年8月1日の石原知事の記者会見で覆されたことに端を発する。4大学との協議を否定し「設置者権限」の名の下に一方的な検討・準備を進める大学管理本部のやり方には、大学内に強い批判と怒りが広がってきました。そうしたなかで、9月22日には、都立大学茂木俊彦総長が大学管理本部長にあてて「管理本部における意見聴取に当たって」とする意見書を提出した。

大学内外からの様々な批判にもかかわらず、東京都は「大学改革」をごり押しし経済学部「近代経済学」グループの大半のメンバーが趣意書に同意せず、多くの研究者が学外に大量流出、様々な学部・学科が事実上崩壊した。

さらに詳しくお知りになりたい方は、「クビ大ドットコム」を参照してください。

その後も目を覆いたくなるような我が母校の惨状である。「事務屋のひとり言」「たまらん」だまらん」を参照してください。

私がこの問題を知って欲しいと思ったのは、この問題が表に出たのは、2003年の8月だが強権的に大学をねじ伏せる布石と見られる事件があった。
2000年1月にその事件は起こった。
ある学生団体が作成して学内で配布した少部数印刷のパンフレットの記述に民主党の土屋たかゆき都議に対する人格攻撃が認められるとの理由で、執筆学生への処分圧力が学外からかかり、当時の荻上紘一総長は<政治判断>に基づきこれを受け容れ、本来踏まれるべき正式手続きを経ないままに学生処分を強行、総長に抗議した図書館長・教養部長が辞任するに到った事件だ。<改革>を迫られているさなか、東京都の強権を恐れるあまり一時しのぎによって嵐をやり過ごそうと自主規制に走る大学執行部の卑屈な姿勢が、こうして白日のもとにさらされたのだった。

この事件とその経過から明らかなことは、権力者に擦り寄ったり、黙ったりすることを権力者は見逃さないということだ。

憲法で保障されている学問の自由、大学の自治を、法律学の専門家のなかに自らの利益のためにあっさりと捨て去った裏切りのあったことを忘れない。そのうちの一人刑法学者の前田雅英教授が授業中に言っていたことを思い出した。「学説のなかで多数派を占めているのは、弟子を多く持っている人で必ずしも学説の優れている人ではない」。彼は亡き藤木英雄先生が早逝したために優れた学説であったにもかかわらず通説には至らなかったことをさして言っていたのだが、そのことがあるから政治的に行動することでご自身の学説を広めることに熱心なのだろうと思っていた。入試方法を私立大学型にいじったりに熱心だった時点で気づくべきだった。
当時は、結果無価値を主軸とするリベラル派だったように憶えているが、「少年犯罪」を出版した頃から犯罪白書のデータをねじまげて少年犯罪の激増を訴え厳罰化を叫ぶなど変節が激しい。
手段であったはずの政治的行動が目的化しているのは竹中平蔵だけではない。おいしい思いをすると人とはこんなにも堕落するのだ。そんな彼は首都大学東京 都市教養学部長・社会科学研究科長。(2005年現在)いわば法律学会のプチ竹中平蔵だ。

法学部出身の人間はこの国にかなり多くいる。しかし、学問の自由、大学の自治の危機について都立大学で起こった事象についてすべての学者や法曹、法律の知識のある人間が意見し行動したわけではない。
これが、一つの大学で起こったことであり、また、全ての大学いや、この国で起こりつつあることの縮図なのではないか。愚民と言われる人々よりも、私はこういった人々の責任を問いたい。

http://www.jcp.or.jp/akahata/aik3/2004-12-25/15_01.html
これ以外にも、チラシ配布や新聞配達などばかばかしい理由で人が逮捕される国になっていることを忘れてはいけない。
ピザ屋のチラシを配ったものを逮捕したという話はつゆと聞かない。
こんなことをする権力者に対して「あれは共産党だから」と無視することは自らの表現の自由をも危険にさらす。これは民衆の茹で上がり具合を試しているのだから。

この国の学問や研究のレベルを下げようとする人々が言う「愛国」など唾棄すべきだ。
今この国が瀕している危機に打ち勝つには、ひとつひとつの権威主義に対峙する個々人が発言し行動しつづけることと、分断と差別に抗いお互いを守りあうことが必要なのではないか。思想や信条の壁を越えて。

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September 14, 2005

トヨタ自動車と総選挙(小泉純一郎の背後に見えるもの)

今回の総選挙にかぎらないが、特に新自由主義の短絡的プロパガンダの背後に見え隠れするあからさまな財界の政治介入が気になった。
中日新聞の9月8日付けの記事を以下引用する。
http://www.chunichi.co.jp/05sousenkyo/050905T1005.html---------------------------------引用開始
トヨタが自民支援全開
奥田会長、中部財界に大号令

050905001
自民候補者の選挙事務所を訪れ、武部幹事長(右)にあいさつするトヨタ自動車の立花貞司専務(左)と元専務の神尾隆氏=4日、名古屋市内で

トヨタ自動車が今回の衆院選で、愛知県内の自民陣営支援に、かつてないほどアクセルを踏んでいる。労組側が民主陣営支持を打ち出すのに対し、会社側はこれまで政治姿勢を鮮明にしてこなかった。「すさまじい。国政選挙で『トヨタ』がここまで力を入れるのを初めて見た」。陣営だけでなく、中部財界の幹部も驚きを隠せない。

 名古屋駅前で4日昼に「民主王国」での自民支持を訴えた武部勤自民党幹事長がその夜、自分の秘書だった愛知1区の新人の選挙事務所を訪れた。中部電力の川口文夫社長をはじめ、地元財界幹部がそろった。トヨタ自動車の立花貞司専務や神尾隆・元専務の姿もあった。

 「トヨタの奥田碩会長からも立派な選挙にするとの言葉をいただいた」。武部幹事長のあいさつに、自民県連関係者は奥田会長の言葉を思い出していた。

 奥田会長は解散後に県連幹部と面会した際、小泉純一郎首相から「愛知でプラス3議席を図りたい」と告げられたと明かし、地元財界に「号令をかける」ことを約束。

 反応は早かった。トヨタはグループ企業を含めた役員クラスが愛知県内の各自民陣営を訪問した。一部陣営ではトヨタ本体の副社長や専務クラスが出陣式に臨んだ。選挙区内の関係会社社員に向けた労組顔負けの電話作戦が始まった所もある。

 名古屋市内の新人が2日開いた個人演説会の出席者名簿には豊田合成、日本ガイシ、中部電力、東芝…と有力企業が並んだ。陣営はうなった。「これまではゼネコンや医師会。やはりトヨタの影響はすごい…」

 創業以来、政治とは一定の距離を置いてきたトヨタ。しかし、公示前日の8月29日、奥田会長がトップを務める日本経団連は「自民支持」を表明した。「これで経済界が動く流れができた」と財界関係者は話す。

 民主支持の連合愛知にも傘下労組から「ウチの社長が奥田さんからハッパをかけられた」などの情報が入った。警戒を強め、各労組に組織引き締めの指令を出した。

 もっとも、トヨタ社内にも「無党派層が主流の時代に、企業の締め付けがどこまで有効か」と疑問視する声がある。「永田町向けのポーズ」という深読みの一方で、地元財界からは「これを前例に、次も自民から同様の支援を求められたら」との戸惑いも聞こえる。
---------------------------------引用終了

そして、その結果が以下のようになった。(中日新聞よりアンダーラインは私がつけました)
http://www.chunichi.co.jp/00/ach/20050912/lcl_____ach_____010.shtml---------------------------------引用開始
再建迫られる民主
選挙戦術に影響も
 
県内の小選挙区では自民が公示前の議席を5から9に増やし、民主の議席を上回った。「全国最強の民主王国」とされてきた愛知でも政界地図は大きく塗り変わった。その衝撃は、県外にまで影響を与えそうだ。

 小選挙区が初めて導入された1996年の衆院選以来、名古屋市内で1度も勝てなかった自民が5区で、ついに初めての風穴を開けたのはその象徴だった。

 5区では、分厚い労組の支援が支えた民主前職に3度負け続けた自民前職が公明の強力な支援も取り付け、競り勝った。民主陣営は運輸関係を中心に労組の強力な締め付けで必死に防戦したが、及ばなかった。

 民主の牙城・名古屋を揺るがしたのは、自民に吹いた猛烈な「風」。これまで民主を支持してきた無党派層が大きく向きを変えたことで、選挙の結果は一変した。

 ある名古屋市内の陣営幹部は、選挙序盤の段階から、肌で感じる変化を訴えていた。「有力な支援者が何人も『今度だけは自民に入れさせてほしい』と打ち明けるんだよ…」

 この風が県内全域に吹き渡り、事前の世論調査で接戦が予想されていた名古屋近郊の6、7、8区でも民主前職が次々と倒れた。

 民主が「マニフェスト(政権公約)決戦」を挑み全国で躍進、愛知でも伝統的に自民が強い三河地区の14区を自民から奪った前回とは明と暗が反転した。両党の激しい攻防に、共産、社民など他党候補がつけ入るすきはなかった。

 「民主王国」の崩壊は異例の3度にわたった小泉純一郎首相の愛知遊説とも重なり合う。豊田市でトヨタ自動車首脳が演説に駆けつけた光景はイメージ戦略を超え、強力な「財界支援」のメッセージとして広がった。

 議席を大幅に減らした民主は、早急に態勢の立て直しを迫られる。「風」の向きで大きく左右される小選挙区を、どう戦えばいいか-。衆院の解散時には予想もできなった愛知の逆転劇は、今後の選挙戦術のあり方に大きく影響しそうだ。
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このことや、消費税大増税や武器輸出禁止の解禁などを平気で垂れ流してきた奥田発言とを照らし合わせ、「財界によるあからさまな政治介入」と感じている。
憲法9条を中心とする改憲論議やいわゆるサラリーマン増税もこの財界による介入を視野に入れて論じる必要があるだろう。
他にも、出資法の問題など政治献金に直結すると思われる法律の制定や税制の変更などは旧来からの自民党を中心とする保守に見られた現象であるが、奥の院に隠れていたトヨタ自動車があからさまにしゃしゃり出てきたことに、この国の国民がいかに彼らに舐められているかを感じさせた。

真のキングメーカーは「奥田」だろう。04002_04f


http://www.asahi.com/politics/update/0912/031.html(朝日新聞より引用)
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「専横的にならず謙虚に」 小泉圧勝で奥田経団連会長
2005年09月12日20時26分

 日本経団連の奥田碩会長は12日の記者会見で、自民党が総選挙で圧勝したことについて、「雪崩現象が起きるとは予測していなかったので、『驚いた』というのが正直な感想だ」と述べるとともに、「(国会運営などで)あんまり専横的にならず、謙虚に構造改革を進めて欲しい」と注文した。

 奥田会長は自民党の圧勝を招いた政治状況について、「瞬間的な今の状況をとらえると、大変な時代になったと思う。大政翼賛会の時代は別として、戦後はなかった状況で、重大に考えている」と述べ、政党のイメージづくりなどの選挙戦略次第で選挙結果が大きく変わることに、警戒感も示した。

 大敗した民主党への注文として、奥田会長は「党の中心軸がはっきりせず、小泉さん的なリーダーシップを発揮する人がいない。二大政党制が育つように気を引き締めて立て直すように望みたい」と語った
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個人的には、小泉純一郎の個性が現在の全体主義的現象の一要因であるとは思うが、その背後にある巨大多国籍企業が自らの利潤を最大化させるために、彼を作り上げていることを忘れてはならないと考える。
マスメディアも巨大多国籍企業の一員だから当然国民の立場にたった報道などありえない。

同様のことは、ジョージ・ブッシュJrにも言えよう。イラク戦争が誰のための戦争だったかは明らかだ。「民主主義」のためではなく、石油や軍需産業に仕えるために行われた戦争だ。

これは、時代遅れと言われるカールマルクスの言った醜い資本主義そのものではないのか?

全体主義は、その政治体制にかかわらず起こりうる。社会主義と名乗る体制でも民主主義といわれる体制でも。

体制を整えれば私たちは眠っていても怠惰でも、誰かが何とかしてくれるというのは誤りだ。全体主義は国民が無知、無関心、怠惰、無力であればいつでも襲ってくる。私たちは今厳然と突きつけられている。

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September 11, 2005

ブログと民主主義

私のブログは、ひっそりこっそり自分で正しいと思うことを時々書き綴ってきた。他人に読まれるに足りる文章を書く自信もなかったからだ。

今回の選挙前日(遅すぎますね)、身につまされる話を聞いて、もっといろんな人に考えて欲しいという気持ちがますます強くなった。
陰に隠れていた私は、かねてからお気に入りでアクセス数の多い「世に倦む日々」にトラックバックを送った。
「自民圧勝」投票日の前にもかかわらず、人々の抵抗を抑えるかのように連日マスメディアは垂れ流しつづけた。
いや、まだあきらめてはいけないと、それに抗うブロガーの人を見かけるたびにトラックバックを送りつづけた。
土日と仕事になってしまい。時間が足りないな。自分の能力が足りないな。と感じながらもできることをやろうとトラックバックを。

熱い気持ちでいろいろな人が「この国のことをあきらめないで」と訴えていた。胸が熱くなった。
たぶん、トラックバックを受けた人、送った人は様々な支持政党があったり無党派だったり基本的な考え方が違う人がいた。
それでも、共通する意識があったように思う。

この国の未来をあきらめてはいけないという気持ち。

すさまじいプロパガンダ報道のなかで、警鐘を鳴らす声はかきけされた。
今回の衆議院選の結果、自民党と公明党の鵺のような政権の延命どころかより一層強力に憲法を変えることができる力を持つほどになった。与党に投票した人々は、自分の投票した人の政策に責任を負っている。
頼まれただけ、なんとなく、どういう理由でも責任を負っていることを忘れないでほしい。

無力な自分ではあったが、怠惰でも無知でもない。何か行動をしたことを誇りに思うし、何か行動を起こした人々のにも賞賛を送りたい。

民主主義は、不完全な制度である。その制度を維持するにも、機能させるにも参加する人々のたゆまない努力が必要だ。まだまだ、この国の民主主義は不十分である。

あまりにバランスの悪い選挙結果にこの国を逃げ出したい。恥ずかしいとすら思った。
しかし、今回、この不完全であやうい制度を維持、機能させるために努力した大勢の人々の気持ちを忘れない。その気持ちを希望の光として今後も沈黙せず、発言し続け行動し続ける。一人だけならこの国を逃げ出すことは簡単だ。大勢の友人や肉親までを引き連れて逃げ出すことは不可能だから。この国の未来に責任を負い、よい方向に少しでも変えられるよう努力し続けることが、私の無力さに対する責任の負い方だと思う。

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投票まだの人いますか?

私がいつも行く投票所は巨大な団地の中にあります。
なんだかいつも行く選挙より人が多かったなぁ。

8時まではまだ時間があります。東京は生憎の雨になりましたが、投票所に行って投票する。
とっても簡単なことです。まだの人は是非行ってこの国の行方に参加してきてください。
そして、自分が票を預けた人や政党の行動を責任を持って見守って次の投票に生かしてください。

私たちがこの国のあり方にかかわれるほとんど唯一の方法がこの投票という行動です。
大勢の人がかかわることなので、大勢のひとがきちんと考えてくれないとまともに機能しないという欠点のある制度ですが、このささやかな抵抗の手段すらない人々もこの地球上には大勢存在しています。

切実な気持ちを持っている人でもあまり深く考えないでいる人でも1つずつしか持っていません。
できるだけ多くの人が関心を持って良心に従って行動することを前提にしている制度でもあります。
20歳を超える全ての人が関心と良心を持っていればこの国の未来は、きっと今より良い方向に向かうから。
今からでも遅くありません。まだの方は、是非参加してきてください。

そして、今後も今回以上に様々なことを知って議論して少しずつ良い方向をめざしていきましょう。

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@nifty:NEWS@nifty:国民審査で「白紙を投票箱に」(共同通信)

リンク: @nifty:NEWS@nifty:国民審査で「白紙を投票箱に」(共同通信).

そう、これは小選挙区でも比例代表でも同じこと。
投票に行かない、白票を入れるこの行動が自民党政治を支えてきた。

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September 10, 2005

小泉内閣による「痛み」を忘れない

今日、とある初老の女性と話していた。
小さな美容院を経営する彼女は、女手ひとつで2人の子供を育てた。
「国民健康保険料を払いきれない」という。
彼女の所得は100万円程度一月の生活費は10万円に満たない。
しかし、彼女のもとには6万円もの国民健康保険料の請求書が送られてきている。
「売上が毎月20万前後しかなくなったんよ。私も歳をとったがお客さんも歳をとった。死んでしまった人もおるんよ」。
息子さんは「おかあちゃんの努力がたりないからじゃない」と言うそうだ。

それでも、彼女のもとに所得割を含めて7万円が請求されるのだ。彼女は少しずつ過去分の払いきれなかった保険料を支払いつづけている。
「前のが終わったと思うたらもう次のがきて、頑張って払っても終わらんのよ」。

所得を下げて申告したら?というと「そんなに急に下げられたら税務署ににらまれるけんね」と。
「去年国保課の人にも言われたけど、そんなことできないよ」。

彼女は貧しい家に生まれ教育も充分には受けられなかった。帳簿をつけることさえままならない。
それでも、「元気で働けるうちは頑張らんといけんと思うて」と、生活保護の話をしてもとりあわない。

生活は、息子や孫のためと掛けていた簡易保険のなかから借り入れして、一時金で埋め合わせることを繰り返しているそうだ。「もう借りるものがない」。

「国保課の人が言うとった。法律で決まっとるからその所得だとそれだけ国保料を払わないといけない。減らすことはできてもどうしようもないって。法律は小泉とか竹中がつくった。私みたいな年寄りのことを何にもわからないんだ。若い人はこういうことがわからないから小泉のほかにいないからと投票する。小泉が勝てばどんどん圧迫がくる。圧迫が来ないように娘や息子に自民党に入れないように話すんだけど、旦那さんが大手大企業に勤めている娘は『おかあさん、またそんなこと言って』と、とりあってくれないんよ。私たちのような弱い者のことは自民党は相全然相手にしないのに」。

少しでも元気が出るように、国保の減免をできるようにしましょうね。といって、お店を後にした。

小泉の構造改革は、何人の彼女のような弱い者の生活を踏みにじってきたのだろう。これからの大増税で何人の命をうばうのだろう。

イラクの空の下、逃げ惑う子供たちに銃弾の雨を降らせるためのお金はあって、国に「お金がない」という。
彼らの暴走をどうすべきか。

今私にできることは、どうかいまの与党を勝たせないで欲しいとここに書き込んでお願いするしかない。

もう、投票日は数時間後にせまっている。

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