« 「秘密のファイル-CIAの対日工作」 | Main | 美名のもとで »

November 10, 2005

感情と理性

おそらく人間が生き物として生きていくうえで不可欠な感情。だが、感情はあらゆる人の社会的関係において「やっかいもの」となることが往々にしてある。
私も社会生活を送るうえで、自己の感情はもとより他者の感情に対する不理解と理不尽に悩むことがある。
感情は喜怒哀楽いずれにおいても人の判断を誤らせることも嫌というほど見つづけてきた。
特に難しいのが「怒り」であると思う。自己の怒りをどのように対処するのか。他者の怒りにどう対処するのか。

誰もがそうであろうが、怒りに任せて行動したり発言するとかなりの確率で自分を窮地に追い込んだり他者を遠ざけてしまう。だから、怒りは爆発させないようにしたいと考えるのだがいかんせん不完全なる人間であるうえに毒舌家ゆえ舌禍もまきおこす。そのたび反省。
ただ、怒りというものは人の行動の原動力ともなりうる。問題は怒りかたなのだろう。

その場の感情に任せて怒りを爆発させることは、自己の人間関係を閉塞させ、他者を無意味に傷つける。
できるだけ冷静になぜ怒りの感情を持つに至ったかを自己分析し、これこれこうだから「怒りを感じた」ことを冷静に相手に伝える(これがかなり難しいのだが)場合に、全く他人の話に耳を傾けない意固地な人は例外として相手も反省する場合が多く、対人関係を危機的状況に陥らせることなく相手からも理解されやすい。

ただし、これを行う場合にもかなりの忍耐力と冷静さを必要とするので上手くいかないことが多いことは私自身にもあてはまるし、多くの人々は自己の怒りのコントロールに苦慮する。

他方、他者の怒りに対してはどうであろうか。相手の怒りのサンドバッグとなる危険に自らを曝すことは得策ではないと思う。私自身が職場の上司による理不尽な言葉の暴力で昨年末入院し現在も通院する羽目に陥った経験から確信している。
自己の怒りを他者への暴力的な言動で直接ぶつける者から、自分の精神を守ることはそれぞれの個人にある当然の権利だろう。そういった暴言から逃げることを憶えるのも一つの知恵だ。
相手との関係性のすべてを自分でコントロールできるうちはいいが、コントロールできない場合は一旦退却することで自分の精神を守り、相手が冷静になった時点で話し合うもしくは関係を断つこと、関係を絶てない状況では心に防壁を持ちつつその相手に対処することを心がけている。できるかぎり相手の感情を慮り、相容れない人間以外にはできる限り相互譲歩する姿勢を持とうとしつつも。

さて、この間「STOP THE KOIZUMI」のなかで「共産党」の党名変更問題で多くの人々が口角沫を飛ばし激論を交わしているが、その激論自体はおおいに結構なことだと思う。論議のなかで新たな認識をお互いが持てて発展的に解消されれば。しかし、残念なことにこの議論の経過において互いに冷静さを欠き、感情的な応酬がなされてしまった。今後は論を戦わせる場合に感情的な応酬は避けていただきたい。たとえ、自分が正しくともその正しさゆえに怒りを感じようとも。善意であろうと悪意であろうと。支配層による分断を待たずして自らの内部に無思慮無配慮な言動によって分裂する危機を招きいれたこと。自己の軽率さに対して率直な反省の弁のある者と無い者がいるが、お互いが軽率だったり無配慮だったりした結果としてのものなので、できればその点は率直にお互いが謝るべきと考えている。反省の弁のみあたらない人にはそれなりの評価を私としてはせざるを得ない。人間は前からより背後からの攻撃に弱いものだから。お互いが不完全な人間であることを認めあうことなしに誰とも手を携えていけない。

また、今後多くの人々が危険な二分論に陥らないよう期待したい。
私の駄文よりも「イタリアの文筆家ウンベルト・エーコ、テロリズムの脅威を抱え込む時代における理性について語る」からの以下の言葉を引用する。

このような時代においてこそ、他者の偏見と同様、自らの偏見にも立ち向かうことを理解しなければならない。分析と批判という武器によって。

「感情と理性」

追記:これが元で共産党員もしくは共産党支持者を排除するようであればとても残念だ。互いの差異を譲り合いつつNO KIOZUMI NO Neoliberalismで一致する点ででなくNO Communismのほうに重きを置く運動ならば賛同できない。差異を認めないというのであれば、次は誰が同じ目にあうのだろうか。差異を認めない連帯であれば首にしていただきたい。

|

« 「秘密のファイル-CIAの対日工作」 | Main | 美名のもとで »

「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

Comments

TBありがとうございます。

記事のご主旨からは若干外れる感想となりますが、“怒りの感情”をコントロールする必要性と重要性については同感の思いです。

このtoxandoriaの記事でも触れましたが、原因が何であるにせよ、一般大衆の“怒りの感情”を狡猾に操作し、誘導するのが「暴政」化した政治権力者の常套手段だと思っています。日露戦争から太平洋戦争にかけての軍国主義と日本ファシズム化への道程も同じことでした。

恐ろしいのは、自らの失政に対する一般国民(大衆)の怒りですらもマスメディアや御用学者等を上手く使えばベクトル変換する(狙いをつけたダミーや想定された悪役の方へ向けて怒りの感情(妬みや怨念の感情=ルサンチマン)の矛先を変える)ことが、政治権力者の立場に立てば非常に容易になることです。

そして、これも常套手段ですが、「共謀罪」などの治安維持法的な法整備がこの「暴政」を補完するため用意周到に準備されることになります。

我われが、自己愛的または偏執的で倫理観(公共善、基本的人権などへの配慮)に欠けた「人格低劣な政治権力者」を一端選んでしまうと、いくら民主主義を標榜する国家であっても、一般国民は“自らの怒りの矛先を正しく突きつけること”が困難になってしまいます。

そして、恐ろしいのは、一端この局面に嵌ってしまうと、一般国民が怒りの感情を増大させればさせるほど、ますます強く自らの首を絞めることになるという”恐るべき自縄自縛の罠”に嵌り、そこから抜けることが出来なくなります。

それは丁度、弱い立場にある家族が強権的で暴力的な一家の主(あるじ)のDV(ドメスティック・バイオレンス)から逃げるのが非常に困難であるのと似た状況に嵌ってしまう訳です。それこそが「ブレーキが利かなくなった暴政」です。

大手広告会社等のノウハウを導入した巧妙なポピュリズム操作(情報操作、メディア操作)の下で行われた「憲法違反の9.11総選挙」の結果、軍国主義復活(軍事国体論国家=公認の愛国心の下で合法的に人殺しができる国)への道をまっしぐらに進みつつある今の日本の政治は、まさのその典型だと思います。

つまり、現在の日本の政治権力者は一般大衆を巧みに炊きつけて“怒りの感情”を起こさせ、それを狡猾に操作して自らの支持率を高めることに成功している訳です。これは一種のヤラセ行為またはマッチ・ポンプです。あるいはペテン師・詐欺師または手品師の手法です。そのリアリズム(大衆の熱狂の底にトリックが隠されているという現実)に気がつかず、過半の国民が誑かされているのです。

しかし、我われ一般国民は、このような恐るべき「政治のリアリズム」から逃げずに、それを直視する必要があるのです。

Posted by: toxandoria | November 11, 2005 at 05:10 AM

toxandoriaさんコメントありがとうございます。

>>記事のご主旨からは若干外れる感想…

いえいえ、主旨から外れるというよりも私の言いたくて足りない部分を補っていただいているように思います。

新自由主義なるものに対抗するのに、それと同じ情報操作を武器として闘った場合に本当に「新自由主義」の背後にある人を人とも思わない選民思想や拝金主義に効果があるといえるのかと疑問に思うのです。

もっと根源的な思想的アンチテーゼでなければ。反新自由主義が人類にとっての人間回復運動となり、個々の参加者自身が自分自身を取り戻しさまざまな呪縛から解放されるきっかけとなる必要性を感じるからです。

政治のリアリズムと徹底して向き合うことを一人でも多くの人間に求めたい。思考停止や感情操作などうんざりです。豊かな感情と穏やかな思考を取り戻してほしい。

かなり高望みで理想主義にすぎるとは思いますが、試行と錯誤を積み重ねていく先に人類の未来がある。最も近道をゆこうとすると、そこには自ら掘る墓穴か敵の罠がまちかまえている。考えすぎだといいのですが。

Posted by: miyau | November 11, 2005 at 06:09 PM

わたしの下手糞な詩にTBを下さって、ありがとうございます。

差異という言葉が出てきましたが、リベラリストもファシストも、振る舞いはみなナショナリストのそれに似ている、というジョージ・オーウェルのエッセイが最近身にしみるのです。ナショナリストは嫌いだから、んでもってわたし、障害者なもんで、ポストモダンの「差異」の視点に身を置いてます。

政治的言語は人を殺します。だから僕は詩に書きました。一連の日本共産党議論にわたしも加わりましたが、結局、政治的言語を扱っていると、もっと恐ろしい言葉に殺されてしまう恐怖を感じました。でもそういう恐怖を半ばゲームみたく易々と転がしているような人々にわたしは抗議がしたかったのです。わたしの憎悪のような詩は、わたし自身への政治的言語の呪いへの憎悪でもあり、それを易々と駆使する人間への「おいおい、そりゃねえよ!!」という文句のメタファーでした。

感情と理性は整列した言語から殺戮を犯すことすらあります。だからこそ破綻したものからマクロを壊そうと思う気持ちもあります。

なんか、自分の話ばっかりになってごめんなさい。詩を書いたら、説明しちゃうのは悪い癖ですね。

失礼しました。ありがとうございました。

Posted by: うず巻9号 | November 12, 2005 at 02:04 AM

うず巻9号さん早速のコメントありがとうございます。
詩を読んで、今回の件に関する私なりの分析が間違っていないことが伝わってきました。心の叫びに上手いも下手もないと思います。詩は「心に響くか」否かしかないですし。メタファーにしないとまた生贄にされてしまいますよ。ともえさんとうず巻9号さんとT.N君が今回の生贄でしたね。いやー恐い。そんなこと平気で出来ちゃう神経が。

うず巻9号さんの昔の実験的ブログのほうを9月ごろかな?ふらっと覗いたことがありまして、いろいろと深く考えている人だなーと思ったので、それで今回の件で、あれれ?と思ったのですよね。あーあのブログを書いていた人が今回の熱い気持ちで現れたのは意外だったのですよね。もっとシニカルな人かと思っていたので(良い意味での意外ですよもちろん)。
ポストモダンの空気の読めないを公言して憚らない正直者だけが取りえの私ですが、他人の気持ちを平気でふみにじる人が反戦とか平和とかちゃんちゃらおかしいぜ!なんて思ってしまうし言ってしまうのですよね。
「差異」に身をもって存在しているというのは社会とかについて外側から見る視点を持てるのかもしれませんね。
私は選民思想とか本能的に毛嫌いしちゃうのです。たかが人間じゃん。お手洗いにも行くし、失敗もする。それを隠蔽して妙に美しく飾り立てる虚栄心とか結局短期的にしか効果が無いからずっと嘘をつきつづけさせられるでしょ。
嘘は心を重くするからいらない。同じつくなら相手を慮る優しいうそつきになりたいですよ。
私は、思想は大事だと思うのです。なぜならその人の行動は思想に規定され、言葉の嘘は行動によって暴露されると思うので。
他人を炙り出す炎の映る影に自分の姿が炙り出されている。
あー今度ポストモダンについて理解の深まりそうな本があったら教えてください。
また遊びに来てください。

Posted by: miyau | November 12, 2005 at 02:45 AM

間違えて、同じTBを2回つけてしまいました。cocologの不調ではなく、私の不調です。(=_= 新しいのもつけましたので、よろしく。

Posted by: renqing | November 12, 2005 at 11:26 AM

renqingさんお風邪ですか?
ダブったTBは反射的に削除しておきますので、ご心配なく(笑)。

Posted by: miyau | November 12, 2005 at 06:10 PM

miyauさん、こんばんは。昨日は飲みに行くこともできず、漸く今飲んで帰ってきたところです。TBとコメントありがとうございました。この記事を読んで、私の気持ちをまさに代弁してくれて、すごく嬉しかったです。分かってくれている人はいるという、絶対的安堵感を得ることができました。この記事で指摘されたように、偏見をいかに克服するか、その偏見は将に自分自身に内在するということを、痛感させられました。その点については今後のエントリーで自分も考えて行きたいと思います。
 人の気持ちを慮るということが、反小泉の最も有効な言辞だと思ってやってきました。このことはきっと間違っていないだろうと思います。
 私は、ブログにおいては議論すら無効であるという考えを持っています。というのは、リアルな世界で議論をする場合、議論を挑まれた相手の表情やためらいや憤りを、そして同席している人の反応をひしひしと感じながら、議論をするのが基本ですが、ブログの世界では、そのようなニアンスを醸し出すことは不可能です。差異を確認しながらコンセンサスを得る為にある議論が、論破する為の議論に唾棄されてしまいます。
 こと、ブログに関して、議論、多いに結構、と言う言辞に含まれる、他者への配慮を欠いた姿勢に対し、少なからず違和感を感じています。ことばというのはそれ自体力を持つ、しかし、それを発する人格により、またいく重にもその深みを増すと、しみじみと感じています。miyauさんの視線に心から共感します。
 

Posted by: T.N.君の日記 | November 13, 2005 at 03:05 AM

こちらは、コメントを非公開で送れませんか?お伝えしたいことがあったのですが、ご連絡方法はどのように?よろしければ、メールをいただけると助かります。
よろしくお願いします。

Posted by: とくら | November 13, 2005 at 08:32 AM

pantherHさんコメントをどうもありがとうございます。思っていてもなかなか自分でも実行するのが難しいですよね「慮る」ということは。
私たちは危機意識を共有する必要がありますが、焦って拙速な判断をするべきではないと思います。善意であればあるほど、配慮を持てない場合もあることを私たちは身をもって知っているはずです。これは自分に対する戒めでもあります。
少しほっとして頂けたようで、安心しています。
pantherH さんのエントリにはいつもそんな優しさがありますものね。私自身もその暖かさに和まされますよ。

とくらさん、今回は渦中に入ってしまったようで心理的に大変な状態ではないかとお察しします。メールを送っておきましたので、そちらでお話をお伺いします。

Posted by: miyau | November 13, 2005 at 05:28 PM

miyauさん,こんにちは.
読ませて頂きました.読む気をそそるTBがどっさり入ってますね.豊かさを感じました.今日はお酒も入って眠くなってしまったので,T.N.君の気位の高い鶏を読ませてもらったところで寝ます.私も子どもたちと一緒に鶏を一羽買っていたことがあります.やはり時々木に登って寝ていました.家の中に上がり込むのが好きで(住宅地なので広い場所がありません),日曜日など子どもたちが家にいる日には人間のつもりで家の中を歩き回ります.この鶏の最後もTN君の鶏と少し似ています.もっと,100倍くらい悲しい話ですが,ここではしまっておきましょう.

Posted by: 馬場英治 | November 25, 2005 at 02:14 AM

馬場さんコメントをどうもありがとうございます。
私が問題意識を感じた事象と馬場さんの置かれている状況が少し重なる気がしたのでTBを送りました。馬場さんなりの判断の参考になれば幸いです。
馬場さんのお宅の鶏のお話もいつか読めると嬉しいです。

Posted by: miyau | November 26, 2005 at 02:14 AM

Post a comment



(Not displayed with comment.)




TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/24848/7026481

Listed below are links to weblogs that reference 感情と理性:

» 人間性、この曲がった木 *(アンティゴネ2) [本に溺れたい]
miyau さん [Read More]

Tracked on November 11, 2005 at 07:33 AM

» MR.ヘゲモニーの外科手術 [自虐時間#9]
右からも左からもやってくる。 もう死んじゃってる君を殺す言葉がやってくる。 物語を欲する君の目の前を、物語オナニスト・オーナーが棍棒持って殺戮だ。。 さあて、次は誰がスパイだろう。 はてさて、今度は誰が血祭りに会うのだろう。 無責任劇場時代の、ほんの陰謀小芝居。 芝居小屋に閉じ込められたみんなは、政治的げーじゅつ家の見世物に釘付けだ。 真夜中が作られて、マシンガンは背中の... [Read More]

Tracked on November 12, 2005 at 01:51 AM

» 人間性、この曲がった木 *(アンティゴネ2) [本に溺れたい]
miyau さん [Read More]

Tracked on November 12, 2005 at 11:17 AM

» 反小泉ブロガー同盟と、トラックバックセンターについて考えてみました。 [雑談日記(徒然なるままに、。)]
 最近、はまっているマインド・マップを使って考えを整理してみました。まあ、ちょっ [Read More]

Tracked on November 12, 2005 at 04:37 PM

» ブログが「生産的な論争」を生産するとき [メンフィスからの声]
先日の[[記事:http://anyplace.asablo.jp/blog/2005/11/07/134471]]で書いた、日本共産党とスターリン主義などをめぐる論争について、もう一度感想を述べておきます。 まず、僭越な言い方なのです [Read More]

Tracked on November 12, 2005 at 10:26 PM

» テサロニケ氏の「反小泉」政治デザイン・その負のスパイラル [自虐時間#9]
反小泉ブロガー同盟の現状とテサロニケ氏について、いささかとっちらかったものしか書けないが、わたしの考えを少しここにまとめておこうと思う。 もともとわたしの政治的スタンスは小泉政権の個別的政策にほとんどの意味で批判的な考えをもっている。 だが、わたしは反小泉ブロガー同盟と言うものに対して、シンパシーを持っていなかった。 そんなわたしにもT.N君の日記さんからブロガー同盟のTBセンターの構想の提案についてTBを頂いたりした。また、そちらのコメント欄において同盟員でもない... [Read More]

Tracked on November 13, 2005 at 12:07 AM

» ご迷惑をおかけして申し訳ありません [玄耕庵日乗]
少し時間が出来ましたので、漫画喫茶から失礼します。 この度の私の感情的発言が、なにやら同盟外でも取り上げられてしまったようで、その影響については責任の取りようもなく遺憾に思っております。 しかしTBされたものに関しては削除する気もありませんし、脱退宣言を撤回する気もありません。 しかし今後の同盟運営においていくらかの悪影響を及ぼすことになってしまうのではないか、ということについては大変申し訳なく思っております。ご迷惑をおかけし申し訳ありませんでした。 自分宛のメールを確認出来ないため... [Read More]

Tracked on November 13, 2005 at 01:29 AM

» 出会い [T.N.君の日記]
 土曜の夜、街に飲みに出掛ける。焼き鳥を食べたあと、焼酎専門のbarに入る。私の左に、40代後半の単身赴任の男性が座る。沖縄の焼酎の蔵元の話や、出張や単身赴任で赴いた日本各地の名勝の話で盛り上がる。週末は一週間の夕餉の準備をするのだそう。ちょっとした工夫で、同じ食材で、色々なバリエーションが出来るのだそう。18歳になる娘さんの話を嬉しそうに話される。焼酎の飲み比べをしながら、2時間ほど談笑し、彼はアパートに戻る。  続いて、右の席に20代の若いお兄ちゃんが座る。サッカーネタで盛り上がる。彼はフ... [Read More]

Tracked on November 13, 2005 at 11:11 PM

» う~ん、誤解されませんように [玄耕庵日乗]
ごめんなさい。まだ自室に帰ってないので詳しいことはわかりませんので、ウェブ上で分かることだけでお話します。 多分これも迷惑かけてしまうかもしれないので、ブロガー同盟とはまったく別の、僕個人の書き込みとして理解して頂きたいと思います。 様々な人に色々迷惑かけたみたいで申し訳ないです。非公開でコメントくださってる方にも本当に申し訳ないと思ってます。 多分そうかな、と思って書くんですが、非国際人さんも記事書いてくださったのかな、と思ってます。でも面子の問題なんかじゃないんです。僕の面子なんかはど... [Read More]

Tracked on November 15, 2005 at 02:27 AM

» アーティストパワー [とくらBlog]
 憲法についての勉強はぜんぜん進んでいないのに、ついつい、なごみにいってしまうお玉おばさんのところは、昨日 議員にしたい護憲派有名人、著名人ってだあれ?(芸能人編) というテーマで盛り上がっていました。コメント欄をのぞくと、はじめの一歩からさらにもう一歩踏み出された ともさん が、「ミスチルの桜井君」 と書かれていたので、あっそれいい。選挙の時、ホリエモンなんかより、桜井くんの方がゼッタイ若い方に影響を与えられる。と書いたなぁ、と思い出しました。すると、お玉おばさんが 「ミスチルの桜井君が浮かびませ... [Read More]

Tracked on November 16, 2005 at 09:46 AM

» 気位の高い鶏 [T.N.君の日記]
 ある日、近所の人が、鶏を拾ってきました。自分の家では飼えないので飼ってくれないかとのことです。その鶏は年を取って卵を産まなくなったので捨てられたのだそうです。その鶏には、コッコという名前をつけました。鳥小屋を大至急作ったのですが、コッコは小屋で眠りません。いつも暗くなると、家の前の白樺に登り、その枝で羽を休めます。朝になると、コンドルのように枝から滑空して降りてきます。コッコは、農協で買った配合飼料を与えても見向きもしません。いつもミミズや虫を美味しそうに食べます。  飼いはじめてしばらくす... [Read More]

Tracked on November 22, 2005 at 01:06 AM

» 行く末に宿をそことも定めねば 踏み迷うべき道もなきかな [玄耕庵日乗]
師走になったが、師でないわしは走らない。ひとやすみひとやすみ。 なんか他人事ながら悲しいことが昨今多い。うーん・・・うまくいかぬものか。 うまくいかぬのなら改革せんといかんのだろうが、そうは問屋が卸さんのかな? 商店街に店を出すか。品揃え豊富でお客さんもニコニコ。競争相手などなく皆で共存。いがみ合うこともなく皆で笑って暮らしたい。 すぐ倒産するかもしれんが、せんよりマシか。どうなんやろ? わからん・・・(T_T)。 尊敬する皆様、高潔なる魂と溢れる情熱と素晴らしい知恵をお貸し... [Read More]

Tracked on December 01, 2005 at 03:00 AM

« 「秘密のファイル-CIAの対日工作」 | Main | 美名のもとで »