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September 2007

September 04, 2007

誰かを助けたくて

溺れている誰かを助けたいと願いつつ、芋を洗うどころか、どうやって縄を結うべきかすらわからないままでいることが多いことに気づく。

とりあえず、どこからか縄を持ってきて助けることが先決だろうに。と、思って、縄を探しに行くといろんな人があれこれと激論していてどの縄がいいのかさっぱりわからなくなる。

この縄がいい、いや、あの縄は間違いだ。

はたと立ち止まってしまう自分がいる。

いやでも、溺れている人に届く縄があるなら、まずそれを持ってきて、溺れている人に投げて握ってもらおうよ。

溺れている人が意識を失っていたら、丈夫で長い縄の反対側を誰かに握ってもらうか、大きな木にでもくくりつけて水に飛び込むしかないかもな。

縄が長すぎるるなら、切ってしまえばいい。溺れている人を助けてあげるのにどのくらいの長さの縄が必要なのかはわからない。その場にいない人間には、何人分の重さに耐えられる縄が必要なのかもわからない。

願わくば、できるだけ多くの命を救えるように、そこいらへんにある縄を適当な長さに切って使って助けることのできる人間でありたい。

多くの縄職人がいて、縄職人は縄を結うしかできなくて苛立っているだろうに。
誰かが縄を結い、溺れている人を助けられる人がその縄を見つけて適当な長さに加工して、水に飛び込むことで溺れている人が助かればいい。

縄を結う職人は、溺れる人の役に立つ。拾ってくる人間も溺れる者を救えるだろう。適当な長さに切ってくれたり、木にくくりつけたり、縄のはじっこを持っていてくれる人も必要だ。
水に飛び込む人もいなければ、溺れている人を助けられないな。

一人で助けられるほど、泳げるわけでもないからね。

縄を結うしかできない人は、悲嘆するのかな。溺れている人の命を助けるためには、泳げない縄職人も必要ってことだろう。

みんなの力がなければ、人を助けるどころか何にもできないもんな。

でも、ただ、手を差し伸べるだけで助けてあげられるときには、どの縄がいいかなんてナンセンスなんだろうけど。

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