October 04, 2006

Fragment

世の中の環境に負けないくらい私的な環境が激動し、もやもやと言葉で切り取りきれない何かを感じていた。「記憶の断片」として何かを感じた場面を切り取り始めた。その数日後、「Fragment(断片)」という題名の映画のポスターを発見した。奇妙な符合に同時代の繋がりを感じて、この映画は是非観ておきたいと思っていた。

10月1日(日)雨天。渋谷アクティブXに鑑賞に行く。アクティブXは、ほんとうに小さな劇場。定員が40人ということで、あっというまに満席になる。

冒頭、監督の佐々木誠が「ドキュメンタリーって、ある意味フィクションっていうか作り手が、BGMやナレーションをつけて、結論付けてあげるみたいなことが違うと感じて作りました。これはドキュメンタリーではなく記録映画です」と言ったとおり、そこに作られたドラマは無い。BGM無し、ナレーションも無しのソリッドな映画だった。

井上実直というタレントのことも日蓮正宗がどのような教義であるかも何もかも知らない私が、彼の行動の目撃者となった。
井上は、一人の普通の若者として9・11の跡地グランドゼロを眼前にし、「平和」を強く意識し、心から祈りを捧げたいという気持ちに突き動かされ、祈りを捧げる人として目覚め100日間に及ぶ荒行に入り、再びグランド・ゼロに立ち祈祷をあげる。一心不乱にさらに、パールハーバーでも祈祷する。

彼のただ平和のために、犠牲となった人々の冥福を祈りたい。それだけのために、命がけの荒行に及んだ。その背景は、語られてはいない。ただ、饒舌ではない彼の「僧侶」としての表現が「題目」であるとするのならば、命がけの荒行に臨む必然性は無い。「修法師」となるためには、100日間ただひたすらに題目を唱え、粥をすすり、睡眠を制限し、冷水を浴びる。精神と肉体を人為的に極限まで追い込み、臨死する。蝉のような「題目」の喧騒の中、極限の状態で恍惚とした宗教的体験を経て「生まれかわった」姿で、グランド・ゼロに立ち、魔を祓う。
彼に「お前何している?こんなふうになって喜んでいるのか?」冷たい言葉が浴びせられる。彼は英語がわからず、通訳はそれを訳さない。その冷たい言葉と彼は向き合ったのだろうか。

彼は切実に祈りを捧げたいと思った。その切実さだけをフィルムが切り取っていく。そこから何を読み取るのかについては、目撃者に完全に委ねられている。

9・11以降の世界で、あの惨劇の目撃者となったわたしたちは、それぞれ切実に、何かを祈り、考え、言葉で切り取り、または忘却し、生きてきたのだ。
ただ、そのままにはしておけないと心の片隅にひっかかる断片を引き連れて。

「Fragment」は、非日常を切り取っているのではない。これもまた、一つの日常として、提示されている。ドラマの不在は、外形的人生そのものであり、内在的自己との対極でもある。
それぞれに自分なりの結論を探して彷徨っている一人一人が、目撃者であり、主人公なのだ。

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September 06, 2006

「みんな」ってなんだろ

テレビで「みんな」とか「全国民」とか連呼されると、捻くれものの血がさわぐ。いくらめでたいことであろうが、全員一致なんてありえない。無神経な笑顔の強制。マイクを向けられた人々は、演技する。強い同一化要求は暴力だと気がつけよな。連れはかゆがっている。
まぁ、たくましい便乗商法の嵐に対しては、「商魂たくましく稼いで景気回復に寄与してくれよ」と、妙に頼もしく思ってみたりもするのだけれど。

さて、今日は印象的なポスターを見かけたので、そのご紹介を。

Fragment

タレント活動を一時休止した井上実直(いのうえじっちょく)は、実家の六本木長耀寺に僧侶として入るその前に一人9.11後のニューヨークを訪れる。

帰国後「修法師」になる決心をした井上実直は、死者も出るほど過酷な「日蓮宗100日大荒行」に入行する準備を始める。友人である実直からその話を聞いた佐々木誠は、荒行に入る前から彼にカメラを向け始めた。

はじめは単純に井上実直の「修法師」になるまでのドキュメントを撮っているつもりだった。しかし井上実直を撮っている期間、彼の変化と共に世界も静かに大きく変化していった。
「修法師」となった実直がグラウンドゼロに赴く頃から、佐々木誠は自分が撮っているドキュメンタリーが「9.11」後の歴史の「断片」であることに気付く。

ブッシュもフセインもビン・ラディンも出てこない、アメリカ同時多発テロからはじまるイラク戦争の記録。

これは歴史の側面をひとりの若い僧侶の冒険と成長という視点から描いた映画です。

2006/日本/92分/DV/スタンダード/ステレオ
監督 佐々木誠
出演 井上実直






僧衣の井上が佇むポスターが印象的だったので、フライヤーをもらった。
9・11以降、私の日常に変化は無い。しかし、日常のすぐ横で様々なものが変化している。
自分の内面も行動も変わってきた。「みんな」「全国民」ではなく、「私」に向き合う感じの映画なのかな。
また、渋谷に行ってみよう。

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March 18, 2006

「福祉」の心ってなんだろう-映画「石井のおとうさんありがとう」

明治時代「福祉」という言葉すら無い時代に3000人もの孤児を救った男がいた。
その名は石井十次。
「親のない孤児よりももっと不幸なのは心の迷い子、精神の孤児なのです」。
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山田火砂子監督。現代ぷろだくしょん。昭和7(1932)年、東京生まれ。新宿精華高等女学校を卒業後、舞台女優を経て、映画プロデューサーに。実写版の「はだしのゲン」、「春男の翔んだ空」、「裸の大将放浪記」など数多くの映画を製作・公開した。初の監督作品としては、アニメ映画「エンジェルがとんだ日」がある。これは重度の知的障害者である長女とともに歩んできた半生を題材としたもの。ドキュメンタリーの「るりがくえん物語」。次回作は映画「滝乃川学園」。著書に「トマトが咲いた」がある。これは娘2人を育てながら、映画のプロデューサーとしてがんばってきた、泣き笑いの29年間をまとめたもの。福祉、教育、子育て、平和など幅広いテーマで講演活動も行っている。

山田火砂子監督のインタビューから抜粋してご紹介いたします。

「めったに取れない厚生労働省児童福祉文化財の特薦になったのよ!」現代ぷろだくしょんの事務所は明るい笑顔であふれていました。翌日から渋谷で一般公開というお忙しいなかおじゃましました。

「はだしのゲン」「裸の大将放浪記」などを制作

「現代プロダクション」の山田火砂子さんは、元舞台女優。妊娠中に投与された黄体ホルモンが原因で長女みきさんが知能障害を持って生まれ、苦労するうちに福祉について関心を深め、「自分の得意な方法で世の中を変えよう」と、映画を撮る側になりました。故山田典吾監督と2人3脚で「はだしのゲン」や「裸の大将放浪記」など数多くの社会派の名作を世に送りつづけてきました。

マリのように弾み続けの連続でもあきらめない

「芸名は麻里千亜子。人生もマリのように浮き沈みが激しかったのよ。映画というのは難しくて、ただいい作品を作ればうまくいくものではないの。億単位のお金がかかるしね。ヒットに恵まれないときに、今度は怪しい人が寄ってきて、騙されて不渡りを出して自宅も何もかも取り上げられて、どん底も味わったけど、何がなんでもあきらめなかったのよ。裁判官に自己破産を薦められても、『絶対にイヤ!』と、だだをこねるくらいにね(笑)」。

「愛」を忘れた世の人々に石井十次の思いを伝えたい

「アメリカでもヨーロッパでも大学で必ず福祉のことを教えるの。福祉というのは、同情や恵んでやることではなく、他人を思いやる、愛するということ、あたりまえのことなのよ。日本は障害のある人と健常者が別々に生活しているし、学校も別々だから他人を思いやる『愛』を忘れがちになる。だから殺伐とした世の中になると思うの。だから、日本の福祉の父と呼ばれる石井十次の映画を撮りたかったの」。
明治時代に3000人もの孤児を救った石井十次の心を伝える映画を撮りたいという一心で資金集めから始め、「石井十次に似ているから」と、お願いした松平健さんが石井十次の姿に感銘を受けて快諾。ついに昨年夏に「石井のおとうさんありがとう」が完成。各地のホールで巡回上映していました。
想いのこもった映画は人々の心を打ち、口コミとマツケンサンバの追い風に乗り大ヒット、昨年3月テアトル系での凱旋上映を果たしました。
「世の中を良くするために私もあきらめないで『生涯現役』と思い頑張って映画を撮りつづけています。

現代ぷろだくしょんにおじゃましまして、監督の山田火砂子さんにお会いする機会がありました。
元女優で現役の監督さん74歳(!)とっても元気でキュートなおばあちゃん。だがしかし、「罵声は今日の糧と思え!」と事務所に書いてありました(^^;)。 十次の娘役をしていた女優さんにお茶をいただいて恐縮しながらでしたが、山田火砂子監督のパワーには圧倒されっぱなしでした。

私は、昨年3月渋谷の一般公開を観にいきました。すごく地味な映画なのですが、実在の人物のお話をもとにしているということや、孤児や石井十次を取り巻く人の様々な態度、子供たちの健気さに涙してしまいました。
人の行為を評論するだけの口しか動かさない人々に憤ったりもしました。

予算1億円という低予算映画に、豪華な俳優陣の演技が重厚さを与えていました。

監督の山田火砂子さんは御年74歳なのですが、「世の中を変えるために映画を撮っている。これからも完成させる」とやる気の衰えない姿に石井十次の姿が重なって見えました。

石井十次という人は、福祉の父と呼ばれる人で、福祉という言葉すらない時代に3000人の孤児をひきとって立派に育てた人物だそうだ。「病人は他の人でも治せる。だが、孤児たちには私しかいない」。声なく弱い者に心を寄せ、人生の全てを捧げた姿に感慨を覚えずにはいられませんでした。

教科書に出てくる人には、戦争をたくさんやって人を殺した人とかも多いのだけれど、こいうい人物があまり知られていないのは日本の知識人の怠慢なんだよなーと思う。

新しい歴史教科書とかには、たくさん人を殺した「英雄」じゃなくてこんな人を取り上げてはいかがかな?

上手い映画ではないけれど、いろいろな気持ちがこもっている良作でした。1口1000円の協賛券の普及だけで1億円が集まり、一般公開されるほどのヒットとなったこの作品の不思議な魅力は一見の価値があります。

最初の上映は2004年8月ですから、草の根で驚異的なロングラン上映中です。
「石井のおとうさんありがとう」公式ホームページ


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December 23, 2005

映画「ロード・オブ・ウォー」に見る「蝿の王」へのオマージュ

アンドリュー・ニコルをなぜ好きなのか?
おそらく彼が好きなものと私の好きなものが驚くほど一致しているからだろう。
その一つが、ノーベル賞作家ウィリアム・ゴールディングの「蝿の王」(原題:Lord of fly)だ。4102146016
2回映画化され、1990年版はDVDも出ているが、1990年版「蝿の王」は不出来なクソ映画なのであまりオススメしない。小説を読んでもらった人と一緒に観たが、3人が3人とも「小説の深みを表しきれていないダメだ」と言っていた。もし、観るなら小説を読む前がいいだろう。
「蝿の王」はベルゼブブの別名だ。

今回の映画の題名を見たときに何かひっかかった。
それが「蝿の王」だった。

「蝿の王」は、戦争から疎開するための飛行機が銃撃を受け不時着、少年たちだけが無人島に着くところから始まる。導いてくれる「大人」はいない。
15少年漂流記やロビンソークルーソーに出てくる天国のような島。
そこで、少年たちは欲望の赴くままに生きる豚を狩る者達と、お互い助け合い家を建てる者たちに分かれていく。

弟ヴィタリーはラーフやピギーと重なる。「自分の中の獣(犬?)が暴れださないように」との台詞。

そして間違いなくユーリは蝿の王のジャックだ。

バレンタインの名前がジャックなのも蝿の王へのオマージュの現れなのだろう。

バレンタインは、生活からの隔絶を暗示するのか。

映画の構成が、最初のどん底生活から這い上がり成功を治めていく段階でのカタルシス。武器を売りつづけるために嘘に嘘を重ねていくユーリ。立ち直ろうとするヴィタリーを巻き込んで更なる闇に落ち込んでいくユーリ。それと、段々欲望が理性を凌駕し取り込んでいき酸鼻な虐殺に至る「蝿の王」の展開が重なっている。

そして、「蝿の王」では最後に「大人」がやってきてラーフたちをこの世の地獄から救いだしてくれる。
しかし、映画では「大人」は勲章をたくさんつけた軍人だ。救われるのはヴィタリーではなくユーリだ。

現実社会はそこまで絶望的な状況なのだ。アンドリュー・ニコルは金のためにコマーシャルを作っていろんなものを人に売る商売をしてきた。才能に恵まれ、美しい妻を持ち周りからも尊敬されている。権力に楯突く脚本を映画化しようなんて考えなければ、もっと豊かになれるだろう。戦争を売り込む「男たちのダイワ」みたいなプロパガンダ映画を作ってユーリになることもできるのだ。
しかし、彼はそれを潔しとしなかった。「武器商人はいなくならない」と嘆きつつも問題を世に提起する本作品を仕上げたのだ。その覚悟が豪華キャスト他多くの人を突き動かし、世界中でこの映画が上映されることになった。そして、私たちがそれを観ることができた。

人間は、その言葉だけではなく行動で評価される。私はそう信じている。

「ロード・オブ・ウォー」がお気に召した方は、「蝿の王」もご一読ください。「ガタカ」もお忘れなく(はぁと)。

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December 19, 2005

「LORD OF WAR」最大の死の商人はアメリカ合衆国だ

製作開始の声を聞いてからかなり首を長くして待っていた。楽しみにしていた甲斐がある映画に仕上がっていた。
映画監督は、いい意味でも悪い意味でも「感情」に訴えかけて何かを伝えようとする者が多い。
私にとってアンドリュー・ニコルの作品が他の一般的な映画監督と一線を画しているのは、彼の人間に対する時に皮肉屋で暖かいが、「人間」を観る冷静な眼差しに貫かれている世界観だ。映画を観た人間の心を揺さぶる部分が、「感情」の部分だけではなく「思考を促す」という点が彼の作品を特別なものにしている。
感情を操作する洗脳的なものは心地いい。「感動」という感情の波のぬるま湯に浸ることは、日常から離脱し気晴らしができるからだ。この点もコカインに溺れるヴィタリーについて語るユーリの台詞「気晴らしが依存になるのはどうしてなんだろう」と重なってしまった。
アンドリュー・ニコルの映画を語るとき、人は自分自身について語っている。観た人の語る言葉には、その人間観が如術に現れる。だからアンドリュー・ニコルの映画を語るとき恥ずかしく感じてしまうのはそのせいだろう。他人の映画評についても同様の気恥ずかしさを憶える。しかし、語らずにいられない。聞きたくなってしまう。不思議な魅力を持つ彼の映画に一人でも多くの人に接して欲しいと思ってしまう。

寒風のなか「ロード・オブ・ウォー」を観に行ってきました。「男たちのダイワ」を観るために寒いなか並ばされている人々を横目で見つつオデヲン座の入り口を目指す。
前回の上映時間終了の10分前くらいに劇場に入り、エンドロールが流れるなか場内に。上映終了と共に前から3列目真中に陣取る。そして、ペットボトルのお茶を買い、喫煙所で一服し、携帯の電源を切る。抜かりは無い。どんどん人が増えてきて、9割方席が埋まった時点で、場内が暗転した。

予告編でおなじみの敷き詰められたカラシニコフAK47の向こうに男の後ろ姿。
ニコラス・ケイジの「今世界には5億5千丁の銃がある」の声で映画が始まった。(以下ネタバレを含むので改行する。まだ、映画を観ていない人はお気をつけて)。

そこは、ロシアの銃弾工場。わたしは一つの銃弾になってゆく。そして、出来上がったわたしはパッキングされて港に運ばれ、船に積みこまれた。着いたのはアフリカのとある国、車に積み替えられてさらに奥地に。そして、銃に詰め込まれ、発射された。少年の額めがけて。

平和憲法のもとで、銃の規制も厳しいこの国では、銃によって殺される人は銃が自由に持てる国と比べると遥かに少ない。(年間30人未満 参考:警視庁多発する銃犯罪年間1万人の大虐殺

だが、「戦争犠牲者の9割が銃で殺されている。核兵器じゃない、AK47こそ真の大量破壊兵器だ(ユーリ・オルロフ)」の台詞のとおり。冷戦の終結でわたしたちの世界は平和と民主主義を手に入れることができただろうか。
冷戦の終結によっても戦争の惨禍は繰り返されている。むしろ、武器の貿易がより一層「自由」になり、第3世界での虐殺に使われる銃が安く簡単に手に入るようになっている。
映画のなかでも、ユーリが、息子が初めて立ったことよりも、ソビエト連邦の崩壊を告げることに大喜びしゴルバチョフの顔の映るテレビにキスの雨を降らせていたことがそれを暗示している。

映画は、ユーリと弟ヴィタリー妻のエヴァ、インターポールのジャック・バレンタイン、ベテラン武器商人のシメオン・ワイズを中心に話が進んでいく。


自分のやりたいことが何かを見つけられないヴィタリーは兄ユーリに口説かれ戦友の誓いのもと、武器ビジネスに荷担する。
だが、目の前で自分の売った武器で少年たちが殺される日常。「人を殺す道具を売る」この重圧に、ヴィタリーは麻薬に溺れる。

ジャック・バレンタインは、武器密輸の密告を聞きつけ駆けつけた船の上でユーリと出会う。その後、武器輸出禁止条約違反の疑いでユーリを追いつづける。

美しいエヴァ。ユーリは彼女を手に入れるため、ニセの撮影契約を結びホテルを借り切りあの手この手の「演出」で彼女を射止める。
しかし、女優の道は断たれ夫のことを疑いつつも裕福な生活を送る。

シメオンは、冷戦時代を代表する「武器商人」。ユーリと初めてであったときには超大物で「政治的に意味のあるビジネスしかしない」。
しかし冷戦終結を機に「政治は不要」とするユーリと明暗を分ける。

彼は優秀なビジネスマンだ。武器商人として「法の網をかいくぐる様々な方法」に才能を発揮する。最初は、アフガニスタンで薬莢のチャリンチャリンという音がレジスターに聞こえてしまうユーリに失笑したりもする。
憧れの人エヴァと上手くいくことや幸福な家庭生活を喜ぶ気持ちも憶える。

解放奴隷たちのためにアメリカ合衆国が作った国リベリア。そこでは解放奴隷たちがもともと住んでいた部族を支配・差別したことで、憎しみが憎しみを生み、内戦と独裁、暴力の坩堝と化した国。「武器商人が行ったおかげで戦争が長引いて」いる。
(詳しく知りたい場合は、国境無き医師団のレポートを読んでいただきたい)。
ユーリは、リベリアの独裁者と血のダイヤで取引する。「私は人を殺したことは無い。人が死ななければいいと願っている」と言って憚らないユーリ。
リベリアの独裁者は平気で人を殺す人物だ。彼のことを苦手と思うユーリだが、「人の死を屁とも思っていない」点では全く同じなのだ。
目の前で側近が銃で撃ち殺されても「1回でも撃てば中古品だ!」と言うユーリを見て気に入る独裁者とユーリは同じ目をしている。

バレンタインによって武器商人である事実がエヴァに知られてしまう。両親を銃によって殺された妻の悲嘆。下着も服も血で汚れているから着られない、ここにも住めない。お願いだから武器商人をやめて欲しいと懇願され、ユーリは武器ビジネスをやめたかに見えた。
しかし、彼は独裁者の誘いに乗り彼の「天職」である武器ビジネスに戻ってしまう。今度こそ更生して社会に復帰しようとしていたヴィタリーを巻き込んで。

今度は、独裁者の友人の隣国(シェラレオネか?)のゲリラとのビジネスだ。難民キャンプでの虐殺を目にしたヴィタリーは、自分たちが売った武器で虐殺が必ず起こると悟り、今回のビジネスを取りやめるように兄に懇願する。「誓い合った戦友として」。
しかし、ユーリは耳を貸さない。ヴィタリーは良心の重みに耐え切れず、武器を破壊し、手榴弾で自分もろとも兄ユーリを殺そうとする。
寸でのところで、命拾いをしたユーリ。ヴィタリーが死んでも代金の半分を受け取り、ビジネスを終える。その背後で難民キャンプの住人が殺戮されていく。

この映画は、大量の武器を売る者は大量殺戮をする者と表裏一体の共犯者であることを示している。

「人の命」を考える人々、ヴィタリーの遺体に残った銃弾とエヴァの尾行でユーリはバレンタインに捕まる。しかし、ユーリは釈放される。勲章をジャラジャラつけたアメリカ合衆国によって。
そして、国連安全保障理事会の常任理事国、アメリカ合衆国、ロシア、イギリス、フランス、中国5カ国が最大の武器商人であることを告発して終わる。

人の命が羽毛より軽いことをなんとかしようとした人々が失意する。金と権力というビジネス最優先で人の命をなんとも思わない人間が支配する世界。
「変わらない」「守るために武器をもっと!」と考える人も大勢いる。だが、日本とアメリカの銃による死者を考えれば、武器自体を無くすことでしかこの世界を変える術はないように思う。

争わずにいられない人々が「暴力」以外の方法で解決する世界を築ける日が来ることを願ってやまない。

12月19日追記
それと、「優秀で頭の良い人間」であるユーリのような人間が大勢いるのだと思った。自制心に富み、目的を遂行する能力が優れている。ただ、彼らは感情に左右されること無く「効率的」に人を殺すのだ。

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December 07, 2005

史上最強のビジネスマン手帳当選

政治ねたと微妙にかぶるんだかかぶらないんだか。個人的には深く関わっていると信じて疑わないのだが。

来週末公開予定の「LOAD OF WAR」の最強ビジネス手帳に応募していたのだが、本日帰宅するとポストに大きな封筒が届いていた。封筒の表に、映画「ロード・オブ・ウォー」グッズ在中とある。
お!当選したらしい。豪華な映画パンフレットとともに黄色い透明ビニールの「史上最強のビジネスマン手帳」が入っていた。

製作開始から楽しみにしていたこの映画。GYAOのオンライン試写会が中止になったので映画に対する期待は飢餓感から高まっている。

死の商人ユーリーの台詞がこの脚本にハリウッドが出資しなかった理由を物語る。
「今世界には5億5千丁の武器がある。ざっと12人に1丁の計算だ。残る課題は1人1丁の世界だ」「戦闘がやめば銃は不要 平和は大損害をもたらす」「最大の武器商人は合衆国大統領だ」。

パンフレットでニコラス・ケイジが語っている言葉「重要なことは、地獄への道は善意によって築かれていて、この悪魔はすばらしい男でもあるということなんだ」。

そう、特殊な犯罪についてではなくもっと大勢の人間を死や破滅の淵に追いやる事象の数々。「耐震設計偽造」でも「イラクでの虐殺」でも「構造カイカク」でも「戦争」でも「人権侵害」でも全ての事象には善良で有能な愛すべき隣人が関わっている。自らが当事者にならない保障などどこにもないのだ。

少しだけ「悪」に目をつぶることで私たちは大量殺戮に荷担しつづけているではないか。

私たちは自らの「ビジネス」や「良心」を問い直し続けなければ「善良」とはいえない困難な時代を生きている。

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November 27, 2005

映画の取材も命がけ?

アンドリュー・ニコルの鋭い感受性は世界の深層を鋭く抉ってしまっているのかもしれない。

現役武器商人へのインタビューに燃えていた中年宣伝マンさんを失意のどん底に叩き込んだ事件。

それは、インタビューを予定していた武器商人の「暗殺」である。

フィクションは時に真実を浮かび上がらせる。恐いくらい本編が楽しみだ。

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November 23, 2005

近日公開[LOAD OF WAR]

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一番好きな映画は?と問われたら迷わず「ガタカ」と答える。gattaca

監督兼脚本のアンドリュー・ニコルは、ニュージーランド出身。もともとはCMディレクターだった。
「トゥルーマンショウ(脚本)」「シモーヌ(監督&脚本)」「ターミナル(製作総指揮)」

ガタカは、遺伝子操作が当たり前になった近未来を舞台に、遺伝子操作を行わない自然出産で生まれた「神の子」ヴィンセント(イーサン・ホーク)は、宇宙飛行士になる夢を叶えるために、最高の遺伝子を持つジェローム(ジュード・ロウ)になりすますことになる。ところが殺人事件が起こりヴィンセントが疑われることに。

超美麗映像と胸にしみる音楽、そしてアンドリュー・ニコルの皮肉屋だが人間を愛して止まない視線で綴られる物語の虜な私です。

これは、必見!なのですが、今回はアンドリュー・ニコルの最新作!「ロード・オブ・ウォー
主演にニコラス・ケイジ。実在の死の商人をモデルに作られた。

日本公開間近!!12月17日公開!!
狂喜乱舞ちゅうです!
今ならGYAOで試写会プレゼント中ですよ~。

今回の映画は武器商人。かなり今日的テーマですよね。
ハリウッド資本が投入されなかったインディペンデント系大作。
これだけの監督が作る映画にハリウッドからの投資が集まらなかったということもさらに興味をそそるはず。
世界情勢に興味ある人も無い人も必見です。
ブログも開設されました。この映画のモデルになったと言われるビクトル・パットに43歳中年営業マン氏が挑む?アンドリュー・ニコルのインタビューもありです。

ビクトル・パットはタジキスタン生まれの旧ソ連空軍将校。ここ10年間で、アフガニスタンのタリバンとアルカイダ、リベリアの元独裁者テイラーやりビアのカダフィ大佐などに武器を売りさばき、武器密輸の世界における最大のプレイヤーにのぼりつめた男。 国連の武器禁輸制裁破りの名手として悪名を轟かせてきたという。

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March 28, 2004

未来予想図

昨日、たこ焼き屋さんでビールを飲みながらお店のテレビをふと見たら、自民党の御曹司国会議員と結婚した水野真紀が司会する「警告!快適生活の罠!?ニッポン未来話」という番組をテレビ朝日でやっていた。

内容は、暗澹たる気持ちになるような内容。
例えば、「食料の未来」。
一方は、一般の食物よりも栄養価やその吸収にすぐれる「サプリメント」が20年後には主食になる未来。他方は、遺伝子組み換え食品を食べさせられる未来。
その他は、オゾン層の破壊が進んで、おとうさんもファンデーションを塗ってみんなUVタイツをはかないと外出できない未来。

この番組の最大の問題点は、食料問題については、アレルギーなどの問題で自然回帰の運動が起こっている事や、オゾン層の破壊の問題に付いてもフロンの廃止や温暖化対策でCo2の排出を国際的に規制する動きなどを全く無視していること。
食事というのは文化の問題でもあるし、他人とのコミュニケーションを食事の時にはかったりもする。食事の際に咀嚼することで脳の発達を促すということもあるので、いくらサプリメントが発達したとしても、文化的な点や脳の成長のことを考えると食事が全く無くなるなんてありえない。
また、オゾン層の破壊などの環境問題に対して何らの対策を人類が取らない事を前提としている(というか、そんなことは全く無駄と考えているように見える)点に、「いったい何のためにこんな鬱になるような番組つくってるんだよ!」と憤慨してしまったわけだ。

ボーリングフォーコロンバインのなかで、マリリン・マンソンが言っていた「マスメディアは商品を買わせるために恐怖心を煽る」と。
まさに、そのままずばりの番組だ。「怖いでしょ、だからみなさんサプリメントやUV商品を買いましょうねーー」。

最近の日本のテレビ番組には、アメリカばりのマインドコントロール番組があふれている。
政治家の汚職よりも、芸能人や一般市民のちょっとした悪事のほうが「大事な問題」であるかのような「圧倒的報道量の偏り」に気づいている人々も多いだろう。

一般の国民が大切な問題(例えば、政治の問題や経済政策や憲法の問題や税金の問題)について考える為に必要な情報を供給するからこそ、「報道の自由」や「表現の自由」が民主主義の根幹を支える大切な自由と考えられている。
その報道の自由の担い手たちは、今何を考えているのだろうか。自分たちの重責を認識して誇りを持てるような仕事をしているのだろうか。
国民の為などではなく、スポンサーのための仕事しかしていないのであれば、彼らに政治家を嗤う資格などないのではないか。

この番組のナビゲーターが水野真紀ということはかなり皮肉な暗示だと思う。いまのマスメディアが提示している未来のメニューは自民党か民主党か。サプリメントしか喰えない未来か遺伝子操作で汚染された食品を口にする未来か。二者択一というマインドコントロールの基本的技法を駆使して。

未来は二者択一的に予想できるものではない。私たちみんなのための「第三の道」をみんなで考えていきたい。

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