September 15, 2005

民主主義の危機(母校都立大学の中で起こっていること)

私はン年前に東京都立大学を卒業した。
小規模の公立大学ゆえのほのぼのと自由な校風が自慢だった。
授業内容などについても学生代表と教授会が話し合ったりできるような。
私は昼夜開校という他に類のない恵まれた環境でアルバイトをしたり派遣社員として働いたりしながら学ぶことができて幸せだったと思う。恵まれたことに対する恩返しをしたいという気持ちもある。

さて、あたかも郵政民営化すればすべて上手くいくとマスメディアも総動員の詐欺的な論法で与党が圧勝した(小選挙区制度マジックともいう)今回の総選挙だったが、これをきっかけに自分でできることは、この国で起こりつつある全体主義の萌芽をつみとるべく知りうる限りの民主主義の危機を一人でも多くの人に伝えることだと感じたので、あまり知られていない大学破壊について取り上げてみたいと思う。

今年4月石原慎太郎都知事の肝いりで、都立の4大学が合併され「首都大学東京」なるものが発足した。
その経緯は、都立大学改革問題資料集に詳しい。
おおまかにまとめると、それまで都立4大学(都立大学・科学技術大学・短期大学・保健科学大学)と都大学管理本部の協議により検討・準備が進められてきた大学改革構造が2003年8月1日の石原知事の記者会見で覆されたことに端を発する。4大学との協議を否定し「設置者権限」の名の下に一方的な検討・準備を進める大学管理本部のやり方には、大学内に強い批判と怒りが広がってきました。そうしたなかで、9月22日には、都立大学茂木俊彦総長が大学管理本部長にあてて「管理本部における意見聴取に当たって」とする意見書を提出した。

大学内外からの様々な批判にもかかわらず、東京都は「大学改革」をごり押しし経済学部「近代経済学」グループの大半のメンバーが趣意書に同意せず、多くの研究者が学外に大量流出、様々な学部・学科が事実上崩壊した。

さらに詳しくお知りになりたい方は、「クビ大ドットコム」を参照してください。

その後も目を覆いたくなるような我が母校の惨状である。「事務屋のひとり言」「たまらん」だまらん」を参照してください。

私がこの問題を知って欲しいと思ったのは、この問題が表に出たのは、2003年の8月だが強権的に大学をねじ伏せる布石と見られる事件があった。
2000年1月にその事件は起こった。
ある学生団体が作成して学内で配布した少部数印刷のパンフレットの記述に民主党の土屋たかゆき都議に対する人格攻撃が認められるとの理由で、執筆学生への処分圧力が学外からかかり、当時の荻上紘一総長は<政治判断>に基づきこれを受け容れ、本来踏まれるべき正式手続きを経ないままに学生処分を強行、総長に抗議した図書館長・教養部長が辞任するに到った事件だ。<改革>を迫られているさなか、東京都の強権を恐れるあまり一時しのぎによって嵐をやり過ごそうと自主規制に走る大学執行部の卑屈な姿勢が、こうして白日のもとにさらされたのだった。

この事件とその経過から明らかなことは、権力者に擦り寄ったり、黙ったりすることを権力者は見逃さないということだ。

憲法で保障されている学問の自由、大学の自治を、法律学の専門家のなかに自らの利益のためにあっさりと捨て去った裏切りのあったことを忘れない。そのうちの一人刑法学者の前田雅英教授が授業中に言っていたことを思い出した。「学説のなかで多数派を占めているのは、弟子を多く持っている人で必ずしも学説の優れている人ではない」。彼は亡き藤木英雄先生が早逝したために優れた学説であったにもかかわらず通説には至らなかったことをさして言っていたのだが、そのことがあるから政治的に行動することでご自身の学説を広めることに熱心なのだろうと思っていた。入試方法を私立大学型にいじったりに熱心だった時点で気づくべきだった。
当時は、結果無価値を主軸とするリベラル派だったように憶えているが、「少年犯罪」を出版した頃から犯罪白書のデータをねじまげて少年犯罪の激増を訴え厳罰化を叫ぶなど変節が激しい。
手段であったはずの政治的行動が目的化しているのは竹中平蔵だけではない。おいしい思いをすると人とはこんなにも堕落するのだ。そんな彼は首都大学東京 都市教養学部長・社会科学研究科長。(2005年現在)いわば法律学会のプチ竹中平蔵だ。

法学部出身の人間はこの国にかなり多くいる。しかし、学問の自由、大学の自治の危機について都立大学で起こった事象についてすべての学者や法曹、法律の知識のある人間が意見し行動したわけではない。
これが、一つの大学で起こったことであり、また、全ての大学いや、この国で起こりつつあることの縮図なのではないか。愚民と言われる人々よりも、私はこういった人々の責任を問いたい。

http://www.jcp.or.jp/akahata/aik3/2004-12-25/15_01.html
これ以外にも、チラシ配布や新聞配達などばかばかしい理由で人が逮捕される国になっていることを忘れてはいけない。
ピザ屋のチラシを配ったものを逮捕したという話はつゆと聞かない。
こんなことをする権力者に対して「あれは共産党だから」と無視することは自らの表現の自由をも危険にさらす。これは民衆の茹で上がり具合を試しているのだから。

この国の学問や研究のレベルを下げようとする人々が言う「愛国」など唾棄すべきだ。
今この国が瀕している危機に打ち勝つには、ひとつひとつの権威主義に対峙する個々人が発言し行動しつづけることと、分断と差別に抗いお互いを守りあうことが必要なのではないか。思想や信条の壁を越えて。

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