September 04, 2007

誰かを助けたくて

溺れている誰かを助けたいと願いつつ、芋を洗うどころか、どうやって縄を結うべきかすらわからないままでいることが多いことに気づく。

とりあえず、どこからか縄を持ってきて助けることが先決だろうに。と、思って、縄を探しに行くといろんな人があれこれと激論していてどの縄がいいのかさっぱりわからなくなる。

この縄がいい、いや、あの縄は間違いだ。

はたと立ち止まってしまう自分がいる。

いやでも、溺れている人に届く縄があるなら、まずそれを持ってきて、溺れている人に投げて握ってもらおうよ。

溺れている人が意識を失っていたら、丈夫で長い縄の反対側を誰かに握ってもらうか、大きな木にでもくくりつけて水に飛び込むしかないかもな。

縄が長すぎるるなら、切ってしまえばいい。溺れている人を助けてあげるのにどのくらいの長さの縄が必要なのかはわからない。その場にいない人間には、何人分の重さに耐えられる縄が必要なのかもわからない。

願わくば、できるだけ多くの命を救えるように、そこいらへんにある縄を適当な長さに切って使って助けることのできる人間でありたい。

多くの縄職人がいて、縄職人は縄を結うしかできなくて苛立っているだろうに。
誰かが縄を結い、溺れている人を助けられる人がその縄を見つけて適当な長さに加工して、水に飛び込むことで溺れている人が助かればいい。

縄を結う職人は、溺れる人の役に立つ。拾ってくる人間も溺れる者を救えるだろう。適当な長さに切ってくれたり、木にくくりつけたり、縄のはじっこを持っていてくれる人も必要だ。
水に飛び込む人もいなければ、溺れている人を助けられないな。

一人で助けられるほど、泳げるわけでもないからね。

縄を結うしかできない人は、悲嘆するのかな。溺れている人の命を助けるためには、泳げない縄職人も必要ってことだろう。

みんなの力がなければ、人を助けるどころか何にもできないもんな。

でも、ただ、手を差し伸べるだけで助けてあげられるときには、どの縄がいいかなんてナンセンスなんだろうけど。

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October 26, 2006

「不 安倍 増」内閣カット先行公開

Under the Sunの連載コラムに「再出発日記」のくまさんのおともだちが書いたカットがおもしろいと紹介されていました。安倍晋三の「安倍」を安部だの阿部だの安陪だの阿倍だのと誤変換する人が多いことに目をつけて、安倍と漢字を間違えないように「不 安倍 増」内閣と覚えればよいとの内容に大爆笑。

ただ、カットを取り出す方法とエキサイトにアップする方法がいまいちわからないということだったので、取り出しにご協力いたしましたー。

そこで役得!卑怯にも弊ブログにて先行公開いたします。
どうぞ!ごらんあれ。
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September 24, 2006

安倍晋三が水道橋博士からダメだしされた

最近つぶやきネタが多いなぁ。
あ、職場の状況が大変を通り越して懲戒解雇になりまして、まるで国旗国歌斉唱時に起立しなかっただけで処分された東京都の教職員の人みたいな状態になりました。
「都教委の国旗、国歌の通達は違憲」
ここのところ遊び人生活(生活があるのでバイトはやっておりますが)&弁護士さんを3人雇うことになりました。おかげで、職場で受けていたストレスが無くなったために、精神が弛緩しているせいで、つぶやきネタが増えていると自己分析しております。


さて、本題です。
今日は日曜日だが、特に出かける予定も無くのんびりしていた。たまたま「ウチくる?」という番組を観ていたら、浅草キッドがゲストだった。「週刊アサ秘ジャーナル」というテレビ番組(小泉内閣は、こうしたお笑い番組に閣僚などを多く出演させ、大衆に媚を売らせることによって内閣支持率を水増しし続けて来た)に、安倍晋三が2回目のゲストで、新築の首相官邸に浅草キッドが赴いたときに、当時ブッシュ批判で話題だった「華氏911」を観てもいないのに「マイケル・ムーアは、あの映画ですごくお金儲けしたわけでしょ」という趣旨のことを言われて、水道橋博士が観もしないのに難癖をつけた態度に、芸人であることを忘れて真剣にダメだししたそうだ。
う…是非その回の「週刊アサ秘ジャーナル」は観たかったと思った。

2004年の夏と、古い出来事なので、情報があまりないのが残念だったが、「水道橋博士の悪童日記」に当時のことが少し書いてあった。

安倍晋三、2回目のゲストに。 前回は、官房副長官時代に、新装したばかりの首相官邸。 そして、今回は、総裁応接室にて。 周囲は、歴代首相の肖像。 まさに、「昭和の妖怪」に囲まれて、 この、進退が注目されている時期、40分だけ時間を頂いて。

いつもは、小泉総裁が座る総裁の椅子に俺たち、腰掛ける。
拉致問題など触れていると話は、堅くなりがち。
話題を変えて、趣味の映画に。
膨大資料のなかでチラリと見つけた、
「ギャング・オブ・ニューヨーク」を劇場で見たとき、
小泉総理と偶然遭遇した話、振ると、盛り上がる。
資料読み、功を奏する。
さらに、「グレート・ブルーも見に行った」とのこと。
「隣でやっている華氏911は?」の呼び水に、
「見ていない」とのことだが、
「マイケル・ムーアは、あの映画ですごくお金儲けしたわけでしょ」
という意味の言葉。
うむむむ…それは、いかがなものか…と。
仮に真実の部分があっても、
「中坊公平は、弱いものの味方をして、お金儲けしたわけでしょ」
と、弱者が語るのはともかく、権力者が語るのは、どんなものか。
「あなたたちは、岸、反対派でしょ、我が家で評判悪いよ」
とフジテレビの岸信介特番を見た話、笑いつつ。
そんな、こんなで、アッと言う間にタイムアップ。

さらに再放送を観た人のコメントをご紹介「見えない道場本舗-シュルト応援団」さんより

面白かったのは、先々週も名場面として放送された「アサ秘ジャーナル」の安倍晋三登場の回の話。

放送された映像では、マイケル・ムーアの「華氏911」を安倍氏が「ムーアはあの映画で大金持ちになった。アメリカンドリームはこの国から消えた、といってる本人が、実はアメリカンドリームじゃん!」と評し、それを発展させた丁々発止があったのだが、一見すると、若い政治家がさばけたジョークでうまく切り返したように見えた場面だったが、博士本人はその安倍の台詞に「逃げ」を感じ、半分戦闘モードに入っての追及となったと語っている。


その他いろいろと情報を漁っていたら、これが気になった。
息子へ、夢をWIKIペディア-安倍晋三

地元山口県にある吉田松陰記念館(萩市)には山口県出身・歴代総理大臣の蝋人形が展示されている。その片隅に、椅子に座った父・晋太郎の蝋人形がある。

これは、昭和60年(1985年)に、将来の「安倍晋太郎総理誕生」を想定して蝋人形が作られ、展示されたものである。少なからず歴代総理大臣を最も多く輩出してきた山口県の人たちの願望も込められていた。

当初、等身大に作られた晋太郎の蝋人形は、他の歴代総理大臣の近くに並べられ、ひときわ背が高く目立っていた。晋太郎が総理大臣になった暁には、最後に山口県から選出された佐藤栄作の隣に移すだけであった。

しかし「総理の椅子にもっとも近かった政治家」といわれていた晋太郎は死去(平成3年・1991年)し、その希望は叶わないものになってしまった。記念館では歴代総理と並べてひときわ目立つ安倍の蝋人形を並べて展示するわけにはいかず、足を折り椅子に座る形にして存続させた。

「サワヤカな安倍晋三は蝋人形が溶けたような顔なんかしていない」と、誉め殺しているブログをときどき見かけていたので、「そのまま並ぶことができそうだと」失笑してしまう。健康上の問題から首相の座をつかめなかった父親の安倍晋太郎の遺志ということかもしれないが。安倍晋三が自民党総裁になったのだから、吉田松陰記念館にはもうすぐ本物のサワヤカな蝋人形が陳列されるのだろう。

それってこういう感じでしょうか(笑)
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それとも

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こんな感じ…って、同じか(笑)
これは、テレ東がメディアスクラム破りをやっているというネタ記事から、画面のキャプチャにいたずらした画像を拾ってきただけなので、私の記事の内容と関係無いのは言うまでもありません。


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September 20, 2006

きれいなジャイアンがいいです

さて、出来レースと言われ続けた自民党総裁選挙で、大方の予想通りアベシンゾー(アベツボゾー)が圧勝した。
アソウ・タニガキ・アベのなかからしか選択の出来ない「党友」の皆様におかれましては、さぞやお悩みになったことだと思います(棒読み)。
ここにきてやっと「週刊現代」でアベシンゾーがいかに統一教会と深い関係にあるかを報じたが、週間誌以外では、耐震偽装問題などのアベシンゾーの暗部は無いことになっているようだ。

安倍氏、総裁選に圧勝…自民党第21代総裁に就任(読売新聞)

自民党の新総裁に選出され、一礼する安倍氏(20日午後)  自民党総裁選は20日午後、党員票の開票と党所属国会議員の投開票が行われ、安倍晋三官房長官(51)が第一回投票で全体の66%の票を獲得し、麻生太郎外相(66)、谷垣禎一財務相(61)に圧勝した。その後、党本部で開かれた党大会に代わる両院議員総会で、第21代総裁に選出された。

 同党総裁としては初の戦後生まれで、最年少。安倍氏は、臨時国会が召集される26日の衆参両院本会議で、第90代、57人目の首相に指名され、同日中に新内閣を発足させる見通しだ。

 首相就任時の年齢でも、戦後では田中角栄・元首相の54歳を抜いて最年少となる。

 今回の総裁選は、小泉純一郎首相(党総裁)の任期満了に伴うもので、安倍氏の総裁任期は、2009年9月30日まで。

[読売新聞社:2006年09月20日 21時26分]


あまりの出来レース振りに、ニュースもろくろく観ていなかったが、「良い子、悪い子、普通の子」と三人を評している番組があった。「目くそと鼻くそとどっちか選べって言ってるのか?」とぼやいたら、連れが一言「きれいなジャイアンがいいです」。


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September 12, 2006

9・11

約3000人が犠牲になったアメリカの同時多発テロ事件から5年が経った。

9・11から5年、米大統領夫妻が献花

 【ニューヨーク=大塚隆一】約3000人が犠牲になった米同時テロから丸5年を翌日に控えた10日、全米各地で追悼の行事が始まった。

 2749人が命を落としたニューヨークの世界貿易センタービル跡地「グラウンド・ゼロ」にはブッシュ大統領夫妻が訪れ、犠牲者の冥福(めいふく)を祈った。

 大統領夫妻はニューヨークのパタキ州知事、ブルームバーグ市長、救援活動を陣頭指揮したジュリアーニ前市長とともにグラウンド・ゼロを訪れ、国際テロ組織アル・カーイダによる乗っ取り機激突で崩落した北棟と南棟の跡地に造られた池にそれぞれ花輪をささげた。夫妻はこの後、跡地に隣接する教会での追悼式典に参列した。

 大統領は「私はあの日の教訓を決して忘れないと誓う。同様の損害を与えようとしている敵がまだいる」と強調。9月11日を「決意を新たにする日」と呼び、対テロ戦争への支持を改めて求めた。

 一方、教会の近くではブッシュ政権のイラク政策などに反対する数十人が「ブッシュを逮捕しろ」「米軍は撤退しろ」と気勢を上げるなど、同時テロ直後には見られなかった世論の亀裂もあらわになった。

 丸5年当日の11日には、グラウンド・ゼロで犠牲者遺族が参列して最大の追悼式典が行われる。式典は乗っ取り機が北棟に激突した午前8時46分(日本時間同日午後9時46分)に開始。犠牲者の名前の読み上げと献花が約3時間続けられる。

 一方、大統領は同日、ニューヨークで別の行事に出席後、4機目の乗っ取り機が墜落したペンシルベニア州シャンクスビルと別の乗っ取り機が激突したワシントン郊外の国防総省の追悼式典に参列。夜にはホワイトハウス執務室から国民向けテレビ演説を行う。

(2006年9月11日12時15分 読売新聞)

3000人の尊い命に花を手向ける行為。一見美しい行為に思えるかもしれない。だが、私たちが忘れてはならないことは、「テロとの戦い」と称する大量殺戮が5年間もこの地球上で繰り広げられたということだ。
9・11に端を発するこの「対テロ戦争」で、圧倒的な武力を持った「連合軍」が、アフガニスタンやイラクで何をしてきたのかから目を逸らしてはならない。

アフガニスタン侵攻は、「無限の正義作戦(Operation Infinite Justice)」とされ、後に、「不朽の自由作戦(Operation Enduring Freedom)」と改められた。

この虐殺での死亡者数は、民間人だけでも、4000人(これはかなり少なく見積もられた数字のようだ)。

アフガニスタン国際戦犯民衆法廷 起訴状

2001年10月7日から米軍が開始したアフガニスタン各地への空爆により、米軍は、非戦闘員すなわち一般住民に多大な被害を発生させた。マーク・ヘロルド米ニューハンプシャー大学教授は、空爆による民間人犠牲者数を、攻撃時間と場所を特定しながら調査した報告書を公表した。 集計方法は、2001年10月7日から2002年3月までにわたる期間中、新聞をはじめ様々な報道機関によって公式に発表された死亡者数だけを、重複計算を避けて集計したものであり、2001年12月23日の1回目の報告では、「10月7日から12月6日までの空爆による一般市民の犠牲者は少なくとも3767人に上っている」とし、2002年1月6日の2回目の報告で、「空爆開始から12月29日までの空爆での、アフガニスタン民間人の犠牲者数は4000人前後」としている。 しかし実際には、それら犠牲者のほとんどは空爆開始から2001年12月10日までの9週間に集中していること、米軍がメディアの従軍を許さない中にあって報道機関の知るところとなった死者数の統計に過ぎないことから、現実には、この数字をはるかに超える人命の被害が発生していることは疑いがない。

さらに、捕虜の虐待や虐殺も数百人という。アフガニスタンでの虐殺の被害者たちは、未だに人数すらわからないような状態である。これが正義の戦争の実態である。ザルカウイ傀儡政権を維持するために2万人の兵士をアフガニスタンに駐留させている(因みに日本には約4万5千人程度の米兵がいる。アフガニスタンより多くの兵力を置いて傀儡政権を維持しているといったところだろうか)。

イラクでは最小に見積もっても4万1千人最大で4万6千人の命が奪われつづけている(死亡者数はIraq body countより)。

「人命は地球より重たい」と言ったのは、ダッカ事件での自民党の福田赳夫首相だった(人命の前にアメリカがついていたという評判もある)が、今では、人質になった人々を心配する家族に罵声が浴びせられる。死んでしまった香田さんは、危ない場所に物見遊山で行った愚か者だから死んで当然と、叩かれる。

9・11同時多発テロ後のこの国は、かくも思いやりも寛容さも亡くした「品格溢れる美しい国」になった。
これが日本の伝統を取り戻した姿であるのならば、そんな伝統は唾棄すべきとしか思えない。


皇室にひさしぶりに男児が生まれた件について素朴な疑問を書いた乙武洋匡氏のブログが、炎上し、話題となっている。
めでたいと思っていようがいまいが、それは本人の自由だ。私も彼と同様に、子供が無事生まれたことは、良いことと思っているが、それに対して「正しい」反応を全ての人が判を押したように「しなければならない」と押し付ける態度には気持ちの悪さを覚える。
ハンカチ王子だろうがタマちゃんだろうが、メディアが無批判に垂れ流す「めでたい」「かわいい」に反発を覚えるのは至極まっとうだと思う。男女の性別やどこそこの生まれで、差別してはいけませんというタテマエを、「視聴率=カネ」の脊髄反射でかなぐり捨てて大量報道し、鼻息荒く「善意」を押し付けてくるマスメディアや匿名の大衆というものは、顔の無い気持ちの悪い存在でしかない。今回の件は数の力で「めでたい」を強要する精神的な暴力そのものだと思う。
行儀の悪い礼儀知らずな人々のがなりたてる「良識」など○○くらえだ。

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September 02, 2006

言葉で伝わらないもの

生きていて感じることや考えたことを、言葉で切り取る作業に熱中していると、つい忘れがちになる。

もやもやとしていて、言葉だけでは伝わりにくい感覚を、風景を切り取ることで残しておける。
ちゃんと画像を加工したほうが、見やすいと思うのだけど、下手さも含めて切り取っておこう。

「記憶の断片」作ってみました。

サイドバーの左下にもリンクがあります。

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August 16, 2006

最後っ屁?-小泉靖国参拝に思う

みなさま残暑お見舞い申し上げます。お元気でしょうか?
半月ぶりに思いつきが湧いてきたので書いております。
こんなに更新も滞り、TBもお返しできない私のブログにTBをくださったり訪問していただいているみなさんに心から感謝!
励まされていますよ(^^)

よいこのみんなへの注意書き

このブログは、世の中を斜めからしか見られない捻くれ者が書いているから、「テレビで言っていることが全て真実だ」、または「全て嘘だ」と、2択でしか考えられないようなお友達は、不快になる可能性が高いよ。しかも、冷静でロマンチストじゃないから、身も蓋も無い話になってしまう。だからロマンチストのお友達も読まずに立ち去ることをオススメするね。


昨日は敗戦記念日。無茶な侵略戦争の挙句にこの国が焦土となり、やっと戦争が終わった日。
マスコミが騒ぎ立てるなか、やっぱりやったコイズミ靖国神社公式参拝。

そもそも私は、自分の住む国だけでなく、世界中で戦争加害者及び犠牲者が出ないことを願っているので、祭り上げて顕彰するシステムは将来的に全て無くなってしまえばいいと考えている。名誉だろうがなんだろうが新たに戦死する人のための施設のいらない世界を願っているのだ。

今までも数回靖国問題について言及してきてもいる「殺戮の殿堂」「@nifty:NEWS@nifty:靖国参拝違憲判断、今後の参拝に首相「影響なし」(読売新聞)」靖国神社と愛国と

この問題については、宗教的には神道のトップである天皇が行くか行かないかが最も重要なはずなのだが、このことよりも「首相の公式参拝」の方に論議の力点が置かれてしまうのが、不思議なところ。

靖国神社は、キリスト教に例えて言うならば、ローマ法王が「あの教会は私の意に添わないことをしたからもう行きませんよ」と言って訪問されない教会みたいなものなのだろう。

だから、靖国神社に親族が祀られてしまっている1億2千万人のなかで、特に首相の公式参拝に力点を置く人というのは、「政治的意図」もしくは「感情的」問題からそこにこだわっていると推察される。

靖国神社はもともと明治政府が作ったものだけれど、そのころは政教一致だったし、国家元首=天皇=神道のトップだった。ところがその後、太平洋戦争で負けてしまって、戦時中の全体主義を復活させないために政治と宗教を分離して、天皇は「象徴天皇」となり政治の表舞台から降りて、官幣社だった靖国神社も1宗教法人となった。
その靖国神社が厚生省の求めに応じていわゆるA級戦犯を祀ってしまったことから話がややこしくなってしまった。

神道のトップである天皇が参拝しなくなってしまったのだ。神道上は一回まとめて祀ってしまうと、分けて祀るなんてことはできないというのが通説らしく、かつては官幣社として特権的な神社だった靖国神社は、神道のトップが見向きもしない神社になってしまった。

また、外交的にも、太平洋戦争で日本が勝手に侵略していった国の人たちからすると、設立当初からの戦争神社である靖国神社に戦争の加害者のなかでも特に酷い奴と認定されてしまった人を一緒に祀っちゃったところに、首相や閣僚が行くということに対する反発が起こってくる。

ただ、それだけのことなのだけれど、「外交」という世界では、国家としての威信というか、諸外国からの評価っていうものがある。まあ、どう考えても、来てくれってお願いされたわけでもないのに、近隣諸国にのこのこでかけていって、侵略していったことは間違いない事実だし、アジアのためーとか言っても、大勢の人を拉致ってきてタダ同然でこき使ったり虐殺したりしていたから、同じアジア人として友好的に扱っていたとは言えない。
死んでしまった人をどうこう言うというのではなく、あくまでどう評価されるかの問題として、外交的には「うわ、反省してないんじゃね?」「いったいあの国は、どういう無神経なんじゃ!」と評価されるであろうということは、想像に難くないだろう。

結論としては、首相が靖国神社を公式参拝すると外交的な評価が激下がりするということは、どれだけ心情的に中国や勧告から批判されることに反発する人だってわかると思う。


さて、この長い前置きは、コイズミによる靖国神社公式参拝の目的はいったいなんなんだろうねと。誰にとって利益になるのかねと、素朴に疑問に思ったから。それについての推論を書くために自分なりにまとめたもの。

コイズミは首相になるために、様々な権謀術策を弄してきた。靖国問題についての発言が原因で、昨日実家に放火されてしまったかつての盟友加藤紘一なんかも罠にはめて蹴落としたりね。様々な権謀術策のなかでも、特筆すべきだったのは、今までの自民党政権でもどこでもやらなかったくらいに、実質的に日本を属国としているアメリカ合衆国政府に絶対的服従を誓ったことだろう。もともとは、コイズミっていうのは、比較的加藤紘一に近い考え方だったらしいのだが、首相になるために、泥のついたアメリカ様のハイヒールを舐めたってことだろう。

その、コイズミが今までなんだかなんだといってずらしてきた靖国神社の公式参拝を8月15日という最も拙い日に強行したのかな?と考えたら、「日本は国際的地位を高めて世界のリーダシップを取ったりしませんよ。アメリカ様にずーーーとお仕え致しますよー」という米国覇権主義が未来永劫続くように、常に付き従っていくという表明なんじゃないかなと推測した。

日本がアジアで孤立してリーダーシップを取らないというのは、コイズミの考えた最大の奴隷からご主人様への愛情表現だったのかもしれない。最近テレビをにぎわせていた国際的恥さらし言動もその一環かもしれずと邪推してみた。

靖国神社公式参拝は、誰にとって一番得なのだろう。日本国民にとっては(一部の人の心情は除く)何の得にもならない。アメリカにしてみると覇権主義を継続したいと考えているならば、「良くできました」なんだろうけど、国内経済にも翳りがあってアメリカの大量消費に国際経済が依存している状況から脱したいと考えているとすれば、「げー」って感じかもしれない。

ただし、日本が国際的評価を下げることで、中国にとって最も得になるよね。もともと国連安全保障理事会の常任理事国ではあったけれど、経済力で劣っていたのでいまいちだった中国も最近は経済力をめきめきつけてきて、アメリカ一辺倒のなかで経済力と潜在的購買能力を梃子に独自路線の外交を進めてきているし、国内矛盾に対する不満を日本の首相の愚考で解消させることもできるだろう。

そんなふうに考えた。単なる最後っ屁ではないんじゃないだろうか。

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July 25, 2006

トゥーテ・ビアンケ(白いツナギ) と「Under the Sun」

今回は1月ぶりにならなかったぞ!と、みなさまお元気にお過ごしでしょうか?
日本全国で水害が発生していて心配なのに、さらに福田が降りて、売国奴で岸信介の孫安倍晋三が総理最有力と報道されているので、憤懣やるかたない方も多いかと思います。テレビや新聞などのマスメディアがグローバリズムと心中しようとしているところなので、私も、マスメディア関係者や鵜呑みにする(どうでも?都合の?お好きな言葉を入れてください)「○○いい人」たちに警告を頑張って発信しなくてはと思いつつ、A4で25ページ+別紙6ページの長大文章を作成していたので(まだまだ、続編を書く必要がありそうです(涙))、ニュースやみなさまのブログを横目にストレスから来る頭痛と格闘しつつ、自分のブログを更新していないわけです。言い訳です。ごめんなさい。

と、心の叫びはこれくらいにして、今日は久々に物語でない普通のコラムを書いてくれと書いてあるのに気がついたのが昨日だったので、自分のブログで詳しく取り上げようと暖めていた「トゥーテ・ビアンキ(白いツナギ)」を紹介することにしました。
そしてあまりに引用が長大なもので、「トゥーテ・ビアンキ(白いツナギ)」と「Under the Sun」についての私的夢想をこちらに掲載いたします。私的夢想なもので、論理もへったくれもありませんが、おつきあいください。

Under the Sun」のコラムは12時過ぎに公開されますご容赦ください。

以下本文------------------------------------------------------------------------------

私たちが曝されている新たな抑圧は、目に見えないグローバルな抑圧システムの一部なんだなと思う。グローバルな抑圧システムに抵抗する人々がゆるやかに繋がっている「Under the Sun」のコンセプトに低通するものを感じる。もちろん、彼らはあくまで「リアル」の世界で活動していたのであり、私たちは「バーチャル」なインターネットを通じてちまちまと、コラムを書いたり、お互いのブログを通じて情報交換したりしているにすぎないし、デモなんかやるわけでなく、キーボードだけで抵抗している人も多く、違いは多々ある。ただ、バーチャルといえどもモニタの向こうにリアルな生身の人間がいるということに変わりはない。バーチャルもリアルの境目もボーダーレス化しているのだ。空間的・時間的な制約が少ないことが流動化するこの世界ではバーチャルのほうが有利ともいえる。
別に頑張んなくてもできるのが「Under the Sun」のいいところじゃないのかなぁ。
いや、コラムとか書いているときは頑張ってますよちゃんと(笑)。
日ごろ言いたくても言えない正しいと思うことをバーチャルなら伝えられる人っていうのも大勢いる。そういう人たちにとっての一つのシンボル的存在になりうるんじゃないかと夢想している。シャイでもできる社会的アクティビズムの一種として。
政治・環境・医療・差別・戦争・貧困etc.それぞれの人が直面するいろいろな問題があって、個別な問題について考えたり、行動したりしている人々が大勢いる。最初は個別の問題に向かっているのだけれど、この世の中について考えることから突き詰めていくと、グローバルに展開される抑圧システムに気がついて「ああ、この新自由主義とかグローバリズムって奴が醜い資本主義をロンダリングしているだけなんだ」って気がつく。バラバラだった私は、繋がって私たちになる。それが、世の中を変えていく力の源泉なんだろう。ふわふわしてつかみ所がない「Under the Sun」をマルコと同じようにそれぞれの参加者がそれぞれ探している。お互いに手を差し伸べあったりしながら。これが社会的信頼関係の基礎的状態であるとするならば、じっくりじんわりでも確実に広がっていけば、繋がっていけば、世の中が悪くないと思える状態になっていきそうな希望を感じることができる。ニヒリズムだけでは生きている喜びから遠く離れていってしまう。
人間は明確な考え無しには行動に移すことはできない。「わかっちゃいるけど…」は、「わかっちゃいない」なのだ。もやもやっとした「感じ」を明確にして一人一人が「正しい」と思える行動に移せるようになっていく足場みたいなものに「Under the Sun」がなるといいな。

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July 01, 2006

民主主義ってなんだろう

丁度一ヶ月ぶりに自分のブログを更新しています。みなさまお元気でしょうか?
まずは、一ヶ月もお留守にしている私のブログにTBを送ってくださっているみなさまに心からの感謝と全くTBすら返せないことのお詫びを申し上げます。

簡単な近況報告を書いて生存していること、と自分が直面している理不尽や権威主義とのたたかいを軽くご報告します。

もともと、精神的暴力をなんとも思わないような上司たちだったのですが、自分たちに都合の悪い過去が暴かれそうなので躍起になってあちこちで精神的暴力を振るってまわっています(^^;)

精神的暴力を振るうということは、その場しのぎにはとても良い方法ではあるのですが、長い目で見るとかなりマイナスですよね。相手から信頼されなくなるし、解決できる問題もこじらしてしまいます。
なにより、訴訟などになったときにかなり不利です。それが、わかってかわからずか全く恥としない態度に辟易します。

なんと、私自宅待機を言い渡されたのですが、それが文書もよこさず、きちんとした説明すらしないというなんともいえない状態。「事務所を出て行け!」などというベタな恫喝を受けているので、自宅待機は願っても無いことではあるのですが、なにせ文書すら渡さないで言い渡されたので内容証明を出したりと何かとたいへんではあります。

絵に描いたようなパワーハラスメントや恫喝を日々あちこちでやっているようです。

怒りというのは行動するパワーにもなるので、大事な感情ではあるのですが、それはいったん冷静に分析してどうして自分が怒っているのか道理はあるのかどう表現したらよいかを経てはじめて使えるパワーな気がする今日この頃。

今から「マルコ」の物語を書くので、連れに教えてもらった小ネタを紹介して退却~!

http://imihu.blog30.fc2.com/blog-entry-1662.html

138 名無しにかわりましてVIPがお送りします 2006/06/26(月) 22:36:19.02 ID:hTv/AvWF0
ドンドンドン!
小泉「誰だ?」
ブッシュ「アメリカのブッシュだよー」
小泉「ほんとにブッシュか?」
ブッシュ「ほんとにブッシュだよー」
小泉「ほんとのブッシュならこれを答えてみろ。ことわざです。馬鹿は死ななきゃ……」
ブッシュ「生きている」
小泉「ブッシュだ!」


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May 28, 2006

「もしも私が天才だったら」-連載コラム8回目

連載コラムだけはなんとか書いて、寝てしまいやっと今日(あー日付は日曜日になりました)「そぞろ日記」からみなさんにTBでも送ろうかなぁと重たい腰を上げました。

さて、職場のごたごたは集団妄想を生み、欠席裁判に次ぐ欠席裁判で嫌気が差すのですが、こうした状況になると関わっている人間の一人一人の人間性が試されてくるので、密かに面白がっている自分がいます。
日ごろ口にしている良心に従った行動が取れるのかどうかを観察しているのでございます。
口ほどにも無い「大人」でない「大人」の集団を冷静に観察できるというのは、めったにない機会。
その人の行動に本心が現れています。「良心」を行動指針にしているのか「自己保身」を行動指針にしているのかが顕著になるので、好かれたい人なのか別にどうでもいい人間なのかを観察する。

言葉の断片のみで構成される情報のみで私をスケープゴートにしたがっている様子なのでそうなったらそうなったで腹を括って裁判するしかないかと考えています。
大変なことになった原因は自分たちの考えの無い行動が原因なのですがね。責任者である自分たちが責任を全く取らないのに当事者の間に入っている私に責任をかぶせようとしているので、徹底的に抵抗する気持ちが強くなるのです。

心配してくださる人々は大勢いるのですが、「心配」といいながら自分の良心に目をつぶってしまう人が多いのも事実。そこでも観察、観察。それに巻かれるくらいなら、自分の良心に反することを口にしておべっかを使うくらいなら、裁判に到底勝てない理由で解雇しようとする相手のバカさを逆手にとって、巻かれずにのんびり裁判でもやりながら友人と進めている計画のほうに専念できるなぁとも考えて。どれくらい相手が頭が悪いのかも観察しているのです。

職場では、「それやったらもっと大変な状態になるよ」くらいは言ってやってあとは静観しております。自己保身でない行動原理に身を置く私は、彼らにとって天災以外の何物でもないらしく、懐柔しようとはせず、恫喝してきますが、裁判で使える材料が増えていくだけの話なので「可哀想」としか思いません。

病気がちでもお仕事はきっちりやっていますし、主治医のところに裁判で使えそうな記録が山盛りあるのも心強い。しかもあと数年しか勤めない人が好き放題、将来のことなど何も考えずに「自己保身」で行動している人々をこのまま放置するのは性にあいませんから。さー喧嘩だ喧嘩。こっちからは売りませんが、売られたら買う気満々な今日この頃でございました。
日ごろから民主主義!なんて言っているのですから自分くらいは正しい行動とらなくてはね。言っていることに説得力微塵も無くなってしまいますものね。


皆様への近況報告でした。おやすみなさいませ~。(書いているうちにTB送る時間が無くなってしまいました)。明日大雨なら送れるかも?

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May 20, 2006

「日替わりコラム」-至福のとき

「Under the Sun」の連載コラム書き終わったーぞーー。
今日は帰宅が遅かったうえ、ややこしいことになっているのを心配していただいたお電話で晩御飯を2時間おあずけ…。あまりに長い電話に連れがやや不機嫌になり、汗汗と冷めてしまった晩御飯を慌てて食べたらふと気がついた。
………あ!今日はコラム書かなくちゃいけないんじゃん!
ヒー
と、至福のときとは程遠い状況下で書いたコラムが「至福のとき」考えはまとまらないと思ったので思うままを推敲もせずただ垂れ流し…。
まぁ、参加することに意義ありだと言い聞かせ、駄文を垂れ流して参りました。

おもろなかったらごめんねみんな。
今日は、眠いので書くだけ書いて寝てしまいます。お友達のみなさんへの愛のTBを夢のなかで送っても届きませんか?届きませんね。
明日送れるかなぁ。ぼちぼちがんばろう。

コラム引き受けてよかったと思うのは、大変でも義務感から何かしら書くことで気分転換になることと繋がりを忘れずにいられること。

みなさまに心からの愛を込めて退却ーーー!!

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May 12, 2006

日替わりコラム-「25歳のころ」

職場がたいへんなことになっているので、ブログがプラチナウィークになってしまっておりますが、むしろ活発にやっております。
Under the Sunの日替わり連載も早くも6回目となりました。今週は早くできましたよ!!まだ9時ですからね(オオイバリ)。午前0時に公開しますので
25歳の頃ですが、中学生時代に芽生えた「抵抗魂」で最も波乱万丈していた頃ですね。

間違ったこと抵抗Lv.100とか連れに言われるほどの曲がったことや権威主義が大嫌いな私なのですが、そんな自分を愛してくれる人々がとても素敵なもので、その素敵な人々から好かれることに味を占めはじめた頃でもあります。

私は心が狭いので言葉の意味を深く検討もせず「反日」!とか脊髄反射するなんでも思考停止するような(どうでも)いい人間などから好かれても全然嬉しくない。読みたくないならうちのブログなんて来なくて結構と、頭の高いブログ運営をやっているのもそのせいかもしれません(よいこのみんなごめんね)。好かれたいような人から好かれる自分の人格は、経済的には全く得しないのですが、精神的には非常に満たされるのです。

人生において全ての人から好かれることははじめから無理です。ただ、どういう人から愛される自分であるかは選択することが可能です。自分を愛してくれる人の助けで不器用人間の私でも幸せに生きているのです。
正しいことがすんなりと通ることは少ないです。でも、個々の人のかかわる場面で権威主義や不正義と闘うことの積み重ねが世の中を良い方向に動かすことは、間違いありません。そして、それを応援する人々が大勢いるということそれがこの世の良い部分。日和見主義で生きていくのは経済的にはお得な生き方ですしそれで満たされていると思い込んでいる人は多いですが、決して精神的には満たされません。虚しい人生を虚しい人生と認識できない人は幸せでしょうか。


現在の職場で、間違ったことがまかり通り過ぎていて、それが原因で病気にもなってるのですが、正義感溢れる知的な人間から評価されることが嬉しくて、ついつい頑張りすぎる日々なのであります。思考停止の権威主義バカよりも遥かに若いので時間の面でも道理的にもこちらが圧倒的に有利です。そしてブログがおろそかに…。まぁ職場のごたごたは数ヶ月でカタが着くかどうかよくわかりません。私の愛するみなさんの力でこの国の支配者たちは3分の2の議席があっても「共謀罪」を強行採決できないでいますが、世の中の動きもオカシイままなので、ぼちぼち発言していきます。
私の99%は皆様の愛で出来ています。抵抗バカ人生まっしぐらの私への暖かい声援よろしくお願いいたします。

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May 05, 2006

消された記憶

インターネットの世界は、記録を容易に消してしまうことを私たちはよく知っている。
記録はその片鱗だけを残してロンダリングされてしまっても、私の記憶に残っていることを記憶のあるうちに留めておくためにこの日記は存在する。

うつろいやすい情報の洪水に何かを埋められてはしまいかと心に引っかかることを言葉で切り取っておくことが後々検証する可能性の芽を残すために。


残されているもの。

法政大学での中核派弾圧事件への抗議コメント

レッツら(ブログ「小泉内閣の支持率が一桁になるまで」)
正直、ほんとうなのかと思ってしまいましたが、抗議そのものに対する弾圧のように思います。なにか教育の現場とはとても思えない措置です。私も抗議に賛同します。
(http://brilliant.air-nifty.com/nikki/)

数日前にはブログ本体のgoogleのキャッシュがあったのだが、本日はもうキャッシュも無くなっていた。

三輪のレッドアラートさんの記事に対するコメント欄に経過が少しあったので、何かのトラブルがもとで閉鎖したらしい。先々週にTBを送ったことまでは憶えているのだが、そのトラブルを残念ながら目にしなかった。

以前、マガジン9条の内容が皇室を侮辱するような内容だったことに憤慨してブログを辞めそうになったことがあったが、そのときには、多くの友人たちの説得に応じて継続していた。

レッツらさんの書いていた「小泉内閣の支持率が一桁になるまで」は、新自由主義に抵抗する保守本流の自民党支持者からの発言として群を抜いていた。

いつのまにかブログ自体が削除されていたので、一言もかけてあげられなかったことが残念でならない。

最後の一言が「Blogheader ratingsβ」に残されていた。

最後に
政治ブログランキング、記事も書いていないのにランキングが上がってました。もう、記事を書く気はなかったんだけど、感謝を込めて、最後に一言を。辞めることにしたいきさつはこちらで。 記事を書くのを辞め、このブログも閉鎖することにしましたが、それは、私にとって、新自由主義との戦いを辞めるというのとは違うん
2006/04/24 19:31:13 

おーいレッツらさん、勿体無いよ。まだ、小泉内閣の支持率は一桁ではないじゃない。
どういった形でもいいからブログという手段に戻っておいでよ。

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April 22, 2006

日替わりコラム-今週のテーマは「愛」だぜ!

チキンレースのトリを受け持っていることに今日気がついた私であります。
(もっと早く気づけよ)

Under the sunの日替わり連載コラムの今週のテーマはずばり「愛」です。
いろいろ考えたのだけれど、愛は歌うほうがいいなぁと今更ながらに感じました。
みなさんも詩や歌詞を紹介しているのはそういったことなのかなぁと思いつつ。
先ほどやっとアップしました。1週間考えたあげくの結論です。

「あれーも愛これーも愛たぶん愛きっと愛」など、あれこれいう時点で愛ではないと切り捨てて、量産型で消費されていく恋愛も切り捨てて削ぎ落として見つめた愛についての考察です。お楽しみいただけると幸いです。

みなさまに心からの「愛」を込めたTBをこれからせっせと送る作業をいたします。とりあえず最新記事をめざして送りつづけないと、活字中毒の虫が騒いで読みふけり時間がかかりすぎる欠点がありますのでなんかヘンよ?と思ったらお知らせくださいませ。


そういえば、エクソダス2005《脱米救国》国民運動の馬場英二さんが復活なさってUnder the sunにも参加表明TBを送ってきていたようで、嬉しい限りなのですが、「共謀罪」がまた審議入りしたというニュース。

あれだけ国民の反対があってお蔵入りになった共謀罪をまた懲りもせず出してくるのは、それだけわたしたちが舐められている証なんざんしょね。

とりあえず、コピペメールでも出さないよりましとメールしておきましょう。

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April 14, 2006

大人たちがヘンだ

さて、先週からはじまった「Under the sun」の日替わりコラムですが、第2週にしてすでに危機です。なぜならテーマが「春」「出発」というたいへん爽やかなものだったので(大汗)。

捻くれ者を自認する私には結構ツライテーマだったわけで背中を冷たい汗にぬらしながら書いたのですが、自分の反抗の出発点などを暴露してみました。T.N.君の日記パンサァHさんの爽やかな文章の後にダークな内面を暴露するわけですから文体もあえて「ですます調」で挑んでみました。恥ずかしい限りのエントリですが、みなさまにご笑覧いただけると幸いです。

実は春・出発ということで自分は子供のときどう考えていたかを思い出して現在の自分を振り返ったものだ。
今の子供たちを大人がさまざまな情報からも過剰に「保護」したりする(「ここは大人向けブログです」)一方で、格差拡大で就学援助児童が激増しているという子供をとりまく大人の異常さ加減はいったいいつから始まったのかを考えてみた。

土曜日のコラム(午前零時から公開)に書いているように、「昔は良かった」とは全然思わない。個別にはヘンじゃない素敵な大人も大勢いますけどね。昔も今も塊としての大人たちはヘンだったのだ。
だからといって私たち現在の大人もヘンなままでいていいとは決して思わない。
彼らを反面教師に素敵な大人たちになっていきたいとの願いを込めての反逆宣言でもあるのだ。

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昨日のニュースで教育基本法の「改正」で「国と郷土を愛する心」明記とのこと。そんなことをヒューザーの小嶋とべったべたで「構造計算書偽造」問題の真相解明を阻みつづける伊藤元国土庁長官を表彰するようなあんたたちに言われたくないわい!(教育基本法「改正」の詳細は教育基本法の改悪を止めよう全国協議会参照のこと)

また、教育基本法と「改正案」の比較表成城トランスカレッジさんで発見!

思想信条の自由には国を愛さない自由も当然含まれる。ゆとり教育といって基礎教育をないがしろにしておいて、狙うのは「批判精神」の欠落した消費するだけで何も歯向かわないの着飾る奴隷を大勢作り、「国」のために「他国」の人の命をなんとも思わない狭量な人間作りが透けて見える。

日本の財産をアメリカ合衆国に売り渡して恥としない輩の言う虚ろな「愛国心」に子供を毒されていいのか?世のおとうさまおかあさまがた。

上記ホームページから12・3全国集会での高橋哲也氏の言葉をご紹介しよう。、

私たち自身が自由な人間であろうとするのでなければ、どうして子どもたちを自由な人間に育てていくことができるでしょうか。私たち自身が個人として尊厳あるひとにならなければ、どうして個人の尊厳に立った教育ができるでしょうか。敗戦60年。思えば敗戦の時に圧倒的多数の日本人は、敗戦のおかげで民主主義者、平和主義者になれたのでした。敗戦のおかげで手に入れた憲法、教育基本法は、それを初めて獲得する運動が勝ちを収めなければ、私たちのものになったとはいえない。それらを私たちのものにする運動を、ともに、頑張っていきましょう!2006年1月12日木曜日14時51分13秒


オススメエントリ
「日本の教育はどうなってしまうのか」「東京都教育委員会はおもしろいなあ」などなど、レッツらさんの小泉内閣の支持率が一桁台になるまでの教育基本法に関する考察が素敵だ

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April 08, 2006

日替わりコラム1回目

Under the Sunで日替わりコラムの土曜日担当ということになり、今回はお題なしの自由テーマだそうなので自分のブログと同じくらい自由に書いてみました。

エントリは「希望を歌う」

ココログしか使ったことが無かったので、使い勝手がわからず戸惑いつつやってみました。

いやーエキサイトでも書くだけなら同じなんですが、※日時を指定した場合も、マイブログ上およびRSSには 送信した日時で反映されます。などと脅されてびくつきながら、8日の午前零時公開設定でやってみました。

…RSSに登録している人からすると送信されたのに。読めません!とかいうことが起こるんだろうか?
それとも、土曜日!とかいいながら金曜日に配信されたりするんだろうか?
まぁ、細かいことは気にしない~

ただし!すさまじい問題がエキサイトブログにはあることが判明。スパム対策なのかもしれないのですが、TB一度に3箇所しか送れません(^^;)
ええええええぇ~~~です。そこで、自分のブログからTBすることにいたしました。

いや、ココログの場合改行すれば事実上無制限に送ることのできるTBが3箇所ってそりゃ少なすぎないか?

参加メンバにだけでも一回目だし、気合を入れてトラバしとこうかのぅと思ったが、3箇所ずつなのでやる前から挫折の予感。脆弱なる精神と肉体を誇る私には辛い苦行…。

それではなかなか営業TB送るのがやりにくいよねぇ。改善しないとやる人が大変ですね。

あとの心配は30MBという貧弱なディスク容量。

軽いという点はいいんですけどね。ココログとかはG単位だから貧弱さは今後ネックになる可能性大。

ココログは、夜重過ぎるという問題とTBがダブったり送れないなどの問題があるようですが。
まぁ、しばらくは大丈夫…かなぁ…。

ということで、今夜のエントリは8日の午前零時よりUnder the Sunでお楽しみください。

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April 01, 2006

4月1日生まれ

さて、午前0時をまわったのでめでたく誕生日を迎えることができた。

4月1日生まれだと、子供の頃は学年で一番年下ということになる。
小学校に入学したときには、小学生の中に幼稚園児が混じっているような状態で、周りのひとが皆全てお姉さんお兄さんに見えたものだ。

他の4月生まれの子供などはかなり大人に見えていた。いつのまにかそういう感覚は薄れていった。
小学生のときには、高校生はおじさんおばさんと思っていた。高校生になったときには、今の自分などかなり大人だと思っていた。

いま、そう大して大人でもない自覚しかもてない自分がいる。他の人もそうなのだろう。
私より遥か年上の人でも自覚無き大人を大勢見かける。
一年一年、歳を重ねてきた。連続した時間を思考のなかで切り取ってみるとあのときはこうだったと思ったりするのだが、連続して一つの人格としてやってきたことを考える。

歴史ってそういうものなのだろうか。全てが途上であり全てが連続している。
恐らく、全てがこれからも全ての人に繋がっていて、一人の人間の思考が途絶えても、何らかの形で影響を残して歴史として継続していくものなのだろう。

現在の自分の思考も、人類が培ってきた思考の歴史の一部にいる。身近な人や読んだ本を書いた人。過去にいろいろな人が考えたこと。そして思考することが人間の社会的発展や経済的発展の基礎となっている。

それらの思考は一進一退しながら営みつづけられていくのだろう。

どういう未来につながっていくのか。楽しみにまた1年を過ごす。歴史の住人として。

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March 16, 2006

希望を我らに-ヴィゴ・モーテンセンからのメッセージ

映画「ロード・オブ・ザ・リング」でおなじみのヴィゴ・モーテンセンからのメッセージがkonakijijiさんのブログsankenbunritsuで「素晴らしい人からのメッセージ」としてアップされていたので転載。
先日紹介したジョージ・クルーニーのカッコイイ発言に全く引けを取らないヴィゴ・モーテンセンのかっこよさに痺れてください。

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モーテンセンの写真が素晴らしいわけは、彼の人間性と生き方が反映されているからだと思う。彼はニューヨーク生まれだが、北欧系の両親を持ち、中南米の国々を転々としながら育った後、アメリカに戻り大学で政治学を専攻した。また、何ヶ国語もの言語を自由に操る。これらのことがどれ程彼の思想に影響を及ぼしているか分からないが、彼は世界や国内の政治・社会状況にとても敏感で、非常に正義感が強い。ネイティブ・アメリカン(アメリカン・インディアン)の権利を支援する活動家である他、社会的に意義ある活動を多々こなしている。

また、モーテンセンは、ビバリーヒルズなどハリウッド・スター達が住む裕福な地域とは離れた場所(ベニス・サンタモニカの辺り)に住んでおり、その地元のコミュニティの間でも、彼の思いやりのある行動の数々が語り草となっている。例えば、かなり以前の話であるが: ベニス・サンタモニカの辺りには、文学アーティスト達のアンダーグラウンド組織があり、才能があるのにまだ成功しておらず、苦労している若い詩人や作家達を支えていた。この組織が金銭的問題で解散に追い込まれた時、モーテンセンが、寄付金をどんと置いていって、この組織を救った。 若かりし頃にこの組織に属していた私の遠縁の者など、今でもモーテンセンをまるで神のように敬っている。(現在モーテンセンは、小規模の出版社を自ら経営し、成功していないが才能がある画家や写真家などのアーティスト達の作品をよく発掘して出版している。) また、サンタモニカのダウンタウンには、地元の人々に人気の、政治・社会問題及びアート関連の書籍を扱う小さな本屋さんがあっ た。しかし土地価高騰の為、テナント代が上昇、 この本屋の財政は苦しくなり、立ち退かなくてはならなくなった。モーテンセンは、自分のアート・ブックの発売記念サイン会を、この小さな店で開いた。本屋さんの前には長蛇の行列ができ、売り上げに大貢献した。

モーテンセンの写真展において、たまたま近くにいたドイツ人の女性と話した。彼女は言う:「モーテンセンは優れた役者だけれど、私は彼の政治的スタンスと人間性に惹かれているのよ。」 彼女はドイツでは環境保護に携わる仕事をしているということで、仕事仲間の間でも、彼の評判は高いという。

更にkonakijijiさんのエントリには彼のインタビューも掲載されている。

日本の芸能人でも、PSE法や環境問題で積極的に発言している坂本龍一さんや、平和問題で発言している吉永小百合さんやインリンさん、(彼女は台湾出身だけど)などなど、大勢の人が政治に関心を持っているし、発言している人も多いのだが、残念ながらマスメディアが積極的にそれらの発言を取り上げることは少ない。
芸能人や有名人の発言で喧伝されるのは、それが権力者にとって都合のいい場合だけと言っても過言ではないほどだ。若手のお笑い芸人さんたちにも、イラク戦争に反対する署名活動をやっていた人を私自身知っている。
だが、政治的発言が比較的多い爆笑問題などでも著書やライブやビデオ作品などではテレビでは言えない政治ネタを披露してくれる。

私のブログは、政治的な問題を扱うことが多いし、そうした現状を背景に重たいテーマも扱っているので社会の現状を悲観していると思われるかもしれない。しかし、ここでささやかだけれど発言することが未来に通じるという希望を擁いて私は駄文を書き綴っている。政治の現状に疑問を持っている人間は確実に増えていると確信している。
そして、正しい情報や多様な意見、良質な文学、映画、音楽を通じてそういった人が増える可能性も。
くだらないスキャンダルやメールだとかを垂れ流すのは、良心を持つ人々への精神的攻撃でもあるのかもしれない。
くだらないスキャンダルなど豚の餌にでもくれてやって彼らの真摯な発言をもっと私たちに届けて欲しいものだ。

ルックスやスタイル、才能、社会的影響力では彼らと私たちは比べ物にならないが、人間性とか生き方ならなんとかなりそうかな(笑)。素敵な大人でありたいね。

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February 21, 2006

撃たれるほうが悪い!

アメリカ合衆国のディック・チェイニー副大統領が責任を取らされて副大統領を辞任させられるかもしれない。

ただし、イラク戦争で私腹を肥やした件や大量殺戮という戦争犯罪の責任ではなく、飲酒中に狩猟仲間を誤射し瀕死の状態にしてしまったためだ。

そして、アメリカの世耕(逆か?)マクラレン大統領報道官がマスメディアの追求に疲れていたのか「撃たれたほうが悪い」とうっかり口走ったらしい。

目の眩むような既視感。悪夢でも見ているのだろうか?

昨年12月、私は同様の失言を発した首相をこき下ろした。
同じようなバカ丸出し発言をニュースで目にした。「大量破壊兵器が無いことを証明できなかったイラクが悪いんですッ!」と断言するこの国の独裁者気取りの忠実なる僕コイズミ君だ。
世の中にこのような恥ずかしい発言を堂々とできる人間はそういないなどということを考えていた私が甘かった。
やはり、万国共通で窮したバカは堂々と「品格」の臭ってくる発言をするのだ。実に香ばしい。

今回の問題は飲酒運転で他人を轢いてしまって追求を受けている人間が「道路を歩いていたヤツが悪い」とほざいたり、六本木でお姉さんの乳をわしづかみにした国会議員が「商売女と思った」と恥の上塗りをしたりするのと同じくらいトンデモ発言であることは、説明するまでもない。

こういった人々を再「教育」しないんですか?教育に関心の高いアベさん。

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February 13, 2006

TBアンケート諭吉考

2004年11月に紙幣の肖像が変わった時、1万円札の福沢諭吉も変えるべきだったと思いますか。

に対するアンケートです。

福沢諭吉ですか…

彼の思想自体が結構ロンダリングされてしまっているようなのですが、自分が若く貧しいときには「天は…」といい、老いては「娘の嫁入り先は是非華族に」と言ったとか言わないとか。

あまり、個人的に評価の高い人物ではないのですが、「貸借対照表」の紹介など、お金には関係しているような?
日本のシカゴ大学、新自由主義者を大勢輩出している慶応大学創設者ですからねぇ。建学の理念を後輩がしっかりと継いでいて美しいですねぇ(あー吐き気がしてきた)。おっと、真面目な学者さんもたくさんいますが、飛び抜けて目立つのがheyZoとかなので偏見はご容赦くださいまし。

お札の顔というのは、その国の顔と言っても過言ではないので、羊頭狗肉ぶりとイメージのロンダリングぶりはいまの日本にぴったりかもなぁ。

逆説的に戒めの意味を込めて「変えなくていい」でしょうか。その他だね。

以下参考
福沢諭吉のアジア認識


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February 07, 2006

Somebody's Watching Me

80年代MTVに釘付けだったみなさんのなかには覚えている人もいるかもしれない。Rockwellの「Somebody's Watching me」。英語があまりわからなくても、このプロモを観ればわかっていただけるだろうと思われるので、リンクをまずはごらんあれ。

Windows Media (高速)/(低速
Quicktime (高速)/(低速


最初に観たのが夜中で、爆笑を抑えるの必死だった。職場では決して観ないほうがいい(笑)。

「sankenbunritsu」は、konakijijiさんがアメリカの行政、立法、司法の世界で起こった面白い出来事を日本語で紹介してくれるブログだ。上記、プロモは「AT&T、政府の国内スパイ事件に関与したとして訴えられる」で紹介されていたものだ。

さて、日本では一体誰に調査しているのだろうかと思うほど支持率が高くてジュンイチローはジョージにめちゃくちゃ羨ましがられているに違いない。
とうとう化けの皮がはがれてきたブッシュ大統領の最もアツイ話題は、「大統領の裁判所による令状無しのメールや電話の盗聴」(ウォーターゲートじゃありませんよ)だ。

この国でも、最近矢鱈と公権力が、ルールですら守らないくせに、国民にマナーを押し付けてきてけったくそ悪いこと極まりないが、それよりもっと胸糞が悪いのが住民基本台帳のように国民を管理・監視することだろう(カッシーニでの昼食さんにこんなことが書かれていたっけ)。

なんとなく以下のニュースも気になるところ。

「政府要請による削除もあり得る」:MS、MSNブログの検閲ポリシーを明確化


ソフトバンクグループ、ブログでの正規引用を認めたニュースサイトを開設

wiki--集団による編集が変える報道のあり方


国際刑事法廷と日本

そういえば大阪で条例「16歳未満カラオケは7時まで」と家庭教育や地域のコミュニティーではなく、警察官(公権力)の介入と自営業者への罰金によってダメ教育をなんとかしようとしているらしい。なんだかね。
私は「子供は大人の言うことなんか聞かない。ただ、背中を見て同じことをする」と思っているが。
「最近の子供は」と言う前に、この国の大人たちのすさまじい堕落ぶりを省みるほうが先決ではないだろうか。
自分たちの行動のほうが「教育」効果が高いことに気づくのではないだろうか。

北風と太陽ではないが、力で押さえつけようとしか考えられないような発想の貧困な大人に「教育」される子供たちが気の毒だ。

広告批評1月号の特集「憲法前文のイミ」で橋本治が言っていた「口臭がきつい一般性なんてやだ」。まさにそんな感覚。ファシズムは茶色くて臭い。

口臭がきつい一般性なんてやだ(橋本治)

誰の上にものっかる憲法の前文なんてものは、「色がない」のがいいに決まっている。「言うべきことを言っている」だけで、文章に個性なんかないほうがいい―また、ないものでなければならない。そういうものが「共和国の憲法」で、「憲法の前文を書く者の主体」やら「口調」やら「声音」なんてものが感じられるのは、「帝国の憲法」だ。「重々しい色」というのもまた、一つの特殊な個性で、そんなものは「共和国の憲法」には不要である。書き手の主観、個性、意図がもろ見えの「前文」は、たとえて言えば、「口臭のきつい人間が目の前で演説しているのを聞かされる」である。万人向けではないから、やめてほしい。「口臭の原因解明」をした方がいいんじゃないのか。

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January 19, 2006

奇妙な果実-株式投資は自己責任で

ヒューザー小嶋が「して欲しい」と言ったはずの証人喚問でだんまりを決め込み、宮崎勤被告の死刑が確定した日、東京地検はライブドアを強制捜査し、株価が暴落した。
そしてマネックスビーンズ証券がライブドアの株式の担保価値をいち早くゼロとしたことがきっかけで、個人投資家が他の持ち株まで売却せざるを得ず、更なる暴落を誘い、日本のみならずアジアの株式市場全体に暴落の津波が襲った。こうなると売りが売りを呼ぶため、狼狽しない人でも売らざるを得なくなり、負のスパイラルに陥る。
今回の暴落で生贄となった人々は「自己責任」を信奉する人々だったのであろうか。

バブル経済とその崩壊、即ち「恐慌」がもたらすダメージが大きいことが契機となり、資本主義の研究をする資本論が書かれた。ケインズ主義という資本主義を修正する考え方が生まれたのも、恐慌が経済にもたらすダメージを回避しなければ、資本主義自体の維持が困難だったためだ。新自由主義はそもそも喧伝する側ですら信じていない。踊らされている人々は騙されているだけの生贄だ。

この国ではもう10年も前のバブル経済の幕引きに失敗し、いまだに労働者や零細企業はあえいでいる。

テレビで人気占い師が「株価が3倍になる」と言い、お調子者の単純思考の見栄張り君ホリエの周りでたくさんの大人たちが暗躍して彼を時代の寵児と祭り上げていった。
中核企業の担保価値を吊り上げるために行った「粉飾決算」。エンロンやカネボウでも行っていた。
この国の首相の言葉の粉飾はまだお咎め無しだ。

ニクコップンで悪名を轟かせた忠実な僕である武部もライブドアの株式報告書に登場。武部の息子が友達だから9.11選挙で「刺客」として彼を利用したコイズミは「選挙とは別問題」とまた「粉飾」して見せた。


うそつき鏡に映る自分の姿を自分の姿と思い込み自己陶酔からつく法螺話はどんどん大きくなっていく。
ホリエが有罪なら経団連にサラ金業者を入れていることも問題にしないのか?オクダ君?今では売国奴の巣のようで、類友でサラ金業者と同類だからそっちは問題ないのか。


景気回復は、大企業さえ儲かっていれば実現できる。そんな幻想を振りまき、郵政マネーを株式市場に注入することや日本人の簡易保険に預けられている資産、はては医療関連、構造計算書の偽造まで、これらが全て「国益」のためでなく「米益」のために行われた「構造カイカク」。ライブドアはカイカクの毒樹に実った果実だ。

この日に強制捜査が必要だった理由は饒舌な小嶋のダンマリに対する注目をそらすためだろうか。
ライブドアがMSCB債を発行することで、大量の資金を調達しフジテレビを買収しようとしたことは1年前の出来事だ。「公共性」と社長がノタマッタフジテレビでは、ホリエの粉飾は口にしても小泉の粉飾は一切口にしない。

この醜い奇妙な果実を目の当たりにした人々は、まだ「自己責任」と言うだろうか。

1月19日午後9時追記

こういった事件で、また人が死んだ。テレビや新聞は「自殺」とか言う。
事実関係が明らかになる前に?つきで自殺ですか。
こういった子供騙しな報道姿勢にはうんざりする。真相を知る人間のうちの一人が殺されるのは、闇社会と関係がある事件ではザラなことは、少しでも考える力のある人であれば誰でもわかること。
確かに日本は自殺者の多い国だが、そんなに都合よく事件の発覚直後に自殺する人がこんなに多いのはおかしい。「死亡」ならわかるが事態が解明される前に憶測で「自殺」とするのは「粉飾」との疑いを免れない。

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January 08, 2006

無知であることは無罪であるのか

ブログを始めて良かったことは、より広い視野と幅広い情報に触れるチャンスができたことだ。
ただ、知ることというのは楽しみであると同時に怖いことでもある。

世間知というものは、事実や真相を必ずしも映していないことは、何かしらの専門知識を学んだことのある人や専門分野を持つ人には当然のことだろう。
世間知というものは専門知と比べてより多くの人間が「そう思い込んでいる」ということのみをもって成り立っているのだが、圧倒的な数の力によりなかなか訂正されないものである。
Aという事実についてBであるという事実があったとしても、世間の人がAはCであると思っていた場合に、A=Bと知らない一般的な人々は誤った判断を繰り返し、他の一般的な人の論説によって更に誤った考えを強化され、正しい情報を知っているここでは専門知を有している人間の置かれる立場は微妙なものになる。

具体的にはレッサーパンダが二足歩行する動物であるとことについて専門家及び一部の人間は知っていたのであるが、テレビを通じて「レッサーパンダのウフ太クンがなんと!二本足で立てるのです!!」と喧伝されると、多くの善良な市民が「なんとーレッサーパンダで二足歩行するウフ太クンはすごい!」となる。
ある程度の権威のある専門家ならばそれほど微妙な立場には立たされ無いだろうが、権威の無い専門家やたまたま知っている一般人の立場は微妙だ。
真実「レッサーパンダは『当然』二足歩行する」と言うだけで、彼女や同僚や家族から「そんなことはないテレビでこうこう言ってるのだからウフ太クンは珍しいレッサーパンダなのだ」と逆切れされる危険な立場に立たされてしまうのである。

しかも、知っている人間と言うものは「間違っているから訂正してあげないと恥をかいたり、恥で済むならいいのだけれど、場合によっては重大な間違いや事故に繋がってしまうかもしれない」ということをも知っているので、訂正しないことについて多少なりとも良心の呵責を感じてしまいがちだから、親切心で教えてあげたにもかかわらず良くて全否定、悪ければ逆切れの憂き目に遭う危険性が増すのである。

日常生活においてそうした憂き目にあうことで、多くの人間が「賢く」なり「ウフ太クンすごいよー立てるんだよー」と言われた場合に「ふーんそうなんだ」といちいち訂正せず、さらっと流すことを憶えてしまう。
論破する意味とめんどくささを秤にかけて、相手によって対応を変えることは致し方ないともいえる。

レッサーパンダが二足歩行するかどうかという正直どうでもいい問題であればその影響は知れている。自分は無知ですよーと大声で連呼する恥ずかしい人を大量生産するだけですむからだ。しかし、それが積み重なることによって知っている人間がなかなか間違いを訂正しづらい環境が出来上がると、社会的な損失が大きくなってしまう。
もし、耐震構造計算書がおかしいよと言う専門家や一般人がいなかったらどうだろう。または、イラクには大量破壊兵器はありませんよーでもいいだろう。
レッサーパンダが二足歩行できる生物であるのと同じくらいに、私たちは自分で考えることができる。

裸の王様はそういった現象について描いた寓話である。

「王様は裸だ」と言ったのが勇気ある大人でなく、恐れを知らず無垢な子供というのは他力本願的でいただけない気もするが。

ただ、勇気ある大人だけに責任を負わせるのは、同じ大人同士だとしたら不公平だ。そこで私は、無知は無罪であるということを否定する。知らないことについては、知らないという責任があるのだ。(王様を騙す仕立て屋はもちろんもっと責任があることは言うまでもない)

ある事象について知らない人も知らないことに対する責任の荷物を少しだけ一緒に持ってもらいたいと思う。もちろんある分野で専門家であるからといってすべてについて無謬である保証はどこにもない。知っていて嘘をつく姉葉やへいzoみたいな専門家など掃いて捨てるほどこの世にいるからだ。そのかわり、私たちに事実をきちんと説明する勇気ある大人を立ち止まって考えることなどで支えていくことが数で勝る知らない人間の責任の負い方のような気がする。

素敵なファッションや音楽、素晴らしい本や映画や絵画を見る目と同じく、政治や社会に対するセンスも磨いて、目利きになりたい。

知らないことについてもっと率直に認めるようになろう。そして知る努力と他人の意見に耳を傾ける姿勢を崩さないよう。知っていることについてはできるだけ丁寧にわかりやすく伝える努力をしよう。但し、理解力の無い人や意図して嘘を喧伝する詐欺師は相手にしない。わかる人にだけその事実を伝えはするが。人生は有限で能力にも限界がありすぎるのでそこまでの高望みはできない。

それが、人を中心とできる未来社会への第一歩だ。


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January 07, 2006

年頭のご挨拶

だいぶ遅くなってしまいました。新年あけましておめでとうございます。私のブログにお付き合いいただいている皆様。本年もよろしくお願いいたします。

新年はゆっくりと過ごして英気を養いました。テレビをほとんど観ていないので職場で紅白の話題を出されても???という感じでしたが、知人のお誘いで池袋の三越で開催されている第49回東京都伝統工芸品展を冷やかしに行きました。
優れた伝統工芸品の数々と琴や太鼓、笛のミニコンサートなどで楽しみ、近頃興味を持っている、江戸友禅のハンカチ染めを都の伝統工芸師でもある模様師のYさん直々に教えていただきながら体験。つばきの模様で他の人は教えてもらえないグラデーションの技法を試したりと充実していました。
日常を離れてゆっくり過ごし、美味しいものを食べておいしいお酒を飲んでと天国のような日々で、お正月が終わらなければいいのにとうっかり思ったほどです。
昨日の仕事始めはまさしく気合を入れないと玄関を出ることも億劫なほどでしたが、すぐに慌しい日常に戻っていくのでしょう。

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これから仕事が繁忙期に入るのでのんびりしたペースでの更新となるかと思いますが、今年も私のブログにお付き合いいただきますようよろしくお願い申し上げます。

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December 30, 2005

2005年を振り返る

2005年もあと2日もなくなってしまいました。
このブログを書き始めたのは、2004年3月から、当初は本当に日記で思いついたことを吐き出す感じで人様にお見せできるようなシロモノでもないし、読ませる気もさらさらない状態で書いていた。

大きな転機を迎えたのは、今年の5月頃、私の身の回りも含めて、世の中の人々の思考が奴隷のように支配されていくことへの違和感が最高潮に達した頃だった。そして8月日記としてだけ使っていたブログから問題意識が重なりそうなところにTBを恐る恐る送ってみた。

日々の生活に追われている人々の中で、特に敏感な人がそいうった感覚を共有している状態。戦争にしても国の経済政策にしてもあらゆる場面で弱い者からどんどんと崖っぷちに追いやられている状態がまるでホロコーストのように私の目には映りました。それが、新自由主義という名のご都合主義的なスローガンの塊から生じていることに多くの人々が気づいていないことにも違和感を感じていた。

こうしたホロコースト状態を自分が話をできる身近な人々に対してだけではなく、1人でもいいから解ってもらえないだろうかという気持ちと焦りが最高潮に達して、私はブログを使って発信するという明確な目的を持つに至った。

ブログというツールのいいところは、自分が発信するだけではなく、TBという緩やかな連帯の機能で、右だろうが左だろうが、男だろうが女だろうが、若かろうが年老いていようが、都市にすんでいようが地方であろうが、個々の人々の属性を取り払ったところで、「人」を中心にして考える多くの人々の知識や思考と交流し、自分自身の思考を補い深め、また相手の思考を促すこともできるという知的にエキサイティングな経験を得ることができるところだろう。

発信し、批判に曝される覚悟を持ったこの一歩を踏み出さなければ、もっと世界の現状に絶望していたと思う。

マスメディアを通じて垂れ流される情報の波を冷静な目と暖かい心で読み解き、良い未来を築こうという意思と勇気を持った多くの人々との出会いがあったことは、得がたい経験だ。

人間は、競争だけで生きているのではない。互いに手を携えることで社会も発展してきたし、これからも発展しつづけることは不可能ではない。ただ、そのためには一人でも多くの人々と連帯し、お互いを大切にしていくことが必要不可欠だ。そのためには相互に尊重しあうことも。

血肉の通った人間同士の関わりはどういう人間にでも必要なものだ。格好良かろうが悪かろうが、これからも多くの人々との心の通う交流を通じて自分の思考と行動を磨いていきたい。

そして、あまりゴチゴチに凝り固まらず柔軟に(笑)。人生を楽しむ一つの術としてこのブログを続けていこう。そして、それが何か世の中が良くなる一つの流れとなり、小川となり奔流となったらどれほど素晴らしいだろうか。と夢見つつ。

みなさん今年はほんとうにほんとうにお世話になりました。そして、来年もよろしくお願いいたします。

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November 14, 2005

阪神タイガースファンのみなさま

はじめまして。
私のブログの記事が阪神タイガース公式掲示板で紹介されていたようで、アクセスできずに困っている人がいることに「妙にアクセスが多いな」と思いアクセス解析を見に行って気がつきました。

私のブログでは、政府に批判的なことを書いているので、荒らし対策にプロクシ使用を制限しております。
読みに来る方にご迷惑を一部おかけいたしますが、どうかご容赦ください。

そこで、プロクシを利用している方にプロクシの使用をいったんやめて記事を読みに来てくださるように、どなたか掲示板に書き込んでいただけないでしょうか。セキュリティーを設定している方はいったんセキュリティーソフトの設定を切ると読めると思います。

掲示板のほうにコメントしようと思ったのですが、私阪神の公式ホームページのアカウントがないのでコメントできなかったものですから。よろしくお願いいたします。

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November 10, 2005

感情と理性

おそらく人間が生き物として生きていくうえで不可欠な感情。だが、感情はあらゆる人の社会的関係において「やっかいもの」となることが往々にしてある。
私も社会生活を送るうえで、自己の感情はもとより他者の感情に対する不理解と理不尽に悩むことがある。
感情は喜怒哀楽いずれにおいても人の判断を誤らせることも嫌というほど見つづけてきた。
特に難しいのが「怒り」であると思う。自己の怒りをどのように対処するのか。他者の怒りにどう対処するのか。

誰もがそうであろうが、怒りに任せて行動したり発言するとかなりの確率で自分を窮地に追い込んだり他者を遠ざけてしまう。だから、怒りは爆発させないようにしたいと考えるのだがいかんせん不完全なる人間であるうえに毒舌家ゆえ舌禍もまきおこす。そのたび反省。
ただ、怒りというものは人の行動の原動力ともなりうる。問題は怒りかたなのだろう。

その場の感情に任せて怒りを爆発させることは、自己の人間関係を閉塞させ、他者を無意味に傷つける。
できるだけ冷静になぜ怒りの感情を持つに至ったかを自己分析し、これこれこうだから「怒りを感じた」ことを冷静に相手に伝える(これがかなり難しいのだが)場合に、全く他人の話に耳を傾けない意固地な人は例外として相手も反省する場合が多く、対人関係を危機的状況に陥らせることなく相手からも理解されやすい。

ただし、これを行う場合にもかなりの忍耐力と冷静さを必要とするので上手くいかないことが多いことは私自身にもあてはまるし、多くの人々は自己の怒りのコントロールに苦慮する。

他方、他者の怒りに対してはどうであろうか。相手の怒りのサンドバッグとなる危険に自らを曝すことは得策ではないと思う。私自身が職場の上司による理不尽な言葉の暴力で昨年末入院し現在も通院する羽目に陥った経験から確信している。
自己の怒りを他者への暴力的な言動で直接ぶつける者から、自分の精神を守ることはそれぞれの個人にある当然の権利だろう。そういった暴言から逃げることを憶えるのも一つの知恵だ。
相手との関係性のすべてを自分でコントロールできるうちはいいが、コントロールできない場合は一旦退却することで自分の精神を守り、相手が冷静になった時点で話し合うもしくは関係を断つこと、関係を絶てない状況では心に防壁を持ちつつその相手に対処することを心がけている。できるかぎり相手の感情を慮り、相容れない人間以外にはできる限り相互譲歩する姿勢を持とうとしつつも。

さて、この間「STOP THE KOIZUMI」のなかで「共産党」の党名変更問題で多くの人々が口角沫を飛ばし激論を交わしているが、その激論自体はおおいに結構なことだと思う。論議のなかで新たな認識をお互いが持てて発展的に解消されれば。しかし、残念なことにこの議論の経過において互いに冷静さを欠き、感情的な応酬がなされてしまった。今後は論を戦わせる場合に感情的な応酬は避けていただきたい。たとえ、自分が正しくともその正しさゆえに怒りを感じようとも。善意であろうと悪意であろうと。支配層による分断を待たずして自らの内部に無思慮無配慮な言動によって分裂する危機を招きいれたこと。自己の軽率さに対して率直な反省の弁のある者と無い者がいるが、お互いが軽率だったり無配慮だったりした結果としてのものなので、できればその点は率直にお互いが謝るべきと考えている。反省の弁のみあたらない人にはそれなりの評価を私としてはせざるを得ない。人間は前からより背後からの攻撃に弱いものだから。お互いが不完全な人間であることを認めあうことなしに誰とも手を携えていけない。

また、今後多くの人々が危険な二分論に陥らないよう期待したい。
私の駄文よりも「イタリアの文筆家ウンベルト・エーコ、テロリズムの脅威を抱え込む時代における理性について語る」からの以下の言葉を引用する。

このような時代においてこそ、他者の偏見と同様、自らの偏見にも立ち向かうことを理解しなければならない。分析と批判という武器によって。

「感情と理性」

追記:これが元で共産党員もしくは共産党支持者を排除するようであればとても残念だ。互いの差異を譲り合いつつNO KIOZUMI NO Neoliberalismで一致する点ででなくNO Communismのほうに重きを置く運動ならば賛同できない。差異を認めないというのであれば、次は誰が同じ目にあうのだろうか。差異を認めない連帯であれば首にしていただきたい。

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November 04, 2005

殺戮の殿堂

11月3日知人に誘われて靖国神社遊就館を2度目の訪問。例大祭と七五三でかなりの人出。

ガイドをしてくださったYさんは青春時代のすべてが戦争の時代だった。70代後半。「私たちは忘れ無い」を観て「ひどい、ひどすぎる。ほんとうのことを全く語っていない。戦没者に対する慰霊の言葉などなく、『アメリカとの関係でやむを得ず』戦争したとの言い訳ばかり」と憤慨していた。
私以外は、みな60歳以上。戦争の記憶がある人が70代兵隊に行った人が80代で1人。今回参加者のいない40代、50代は「戦争を知らないこどもたち」だった。

80代の女性Fさんが「戦争の前だってなんだって、みんな『戦争反対』だった。だけどだんだん『戦争反対』と言えなくなっていった。今の時代はあのときにそっくりだ。みんなで戦争反対といわないといけない」と語った。

靖国神社の境内で、旧日本兵の扮装をしている人を見て「戦争の犠牲になった人が眠る場所であの格好というのは無神経ではないのか」「一瞬あの時代が帰ってきたのかと思った」など不快に思う参加者多し。「私は疎開していて人が死ぬのを見たわけではない。でも、東京に帰ってみると、一面焼け野原で食料も何もなく、とてもみじめだった」。と70代の男性。

「若い人が大勢観に来ている。どんなことを思っているのか聞いてみたい。歴史を知らなければ、あっさり信じてしまうかもと思うと、こわい」と60代女性。

戦争の実態を知る人から直接話を聞ける時間はもうあまり残されていない。


殺戮の殿堂――白鳥省吾
白鳥省吾詩集『大地の愛』より(大正八年に書かれた詩だ)

人人よ心して歩み入れよ、 静かに湛へられた悲痛な魂の 夢を光を かき擾すことなく魚のように歩めよ。

この遊就館のなかの砲弾の破片や
世界各國と日本とのあらゆる大砲や小銃、
鈍重にして残忍な微笑は
何物の手でも温めることも柔げることも出来ずに
その天性を時代より時代へ
場面より場面へ転転として血みどろに転び果てて、
さながら運命の洞窟に止まったやうに
疑然と動かずに居る。

私は又、古くからの名匠の鍛へた刀剣の数数や
見事な甲冑や敵の分捕品の他に、
明治の戦史が生んだ数多い将軍の肖像が
壁間に列んでいるのを見る。
遠い死の圏外から
彩色された美美しい軍服と厳しい顔は、
蛇のぬけ殻のやうに力なく飾られて光る。
私は又手足を失って皇后陛下から義手義足を賜
はったといふ士卒の
小形の写真が無数に並んでいるのを見る、
その人人は今どうしている?
そして戦争はどんな影響をその家族に与へたらう?
ただ御國の為に戦へよ
命を鵠毛よりも軽しとせよ、と
ああ出征より戦場へ困苦へ・・・・・・
そして故郷からの手紙、陣中の無聊、罪悪、
戦友の最後、敵陣の奪取、泥のやうな疲労・・・・・・
それらの血と涙と歓喜との限りない経験の展開よ、埋没よ、

温かい家庭の団欒の、若い妻、老いた親、なつかしい
兄弟姉妹と幼児、
私は此の士卒達の背景としてそれらを思ふ。
そして見ざる溜散弾も
轟きつつ空に吼えつつ何物をも弾ね飛ばした、
止みがたい人類の欲求の
永遠に血みどろに聞こえくる世界の勝ち鬨よ、硝煙の匂ひよ、進軍喇叭よ。

おお殺戮の殿堂に
あらゆる傷つける魂は折りかさなりて、
静かな冬の日の空気は死のやうに澄んでいる
そして何事もない。

遊就館は行く度に豪華になっていく。お金をかけた映像に見入っている人々が批判的な心を失わず、英雄崇拝戦争賛美の殿堂を見抜いてくれるだろうか。

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November 03, 2005

新自由主義の誤謬

カイカクファッショの十八番「競争」。
これは、「協力」という前提を全く省みていない言説であり根本的に誤りである。

資本主義の今日の発展も多くの人の協力無くしてはありえない。
例えば、数学の大天才がいて必ず勝てる投資方法を編み出せたとしても、その人一人で生きてはいけない。
いくら金を持っていても、今日食べる米を誰が作っているのか。彼が住んでいる家を誰が建てたのか。
技術革新のいきつく先に、完全なる人工栄養物が出来てそれさえ口にすれば生きていけるとしても果たしてその大天才は幸福に生きているといえるのであろうか。

新自由主義を口にするエリート諸氏が、おいしい料理や素敵な音楽や着飾るドレスを欲しがらないならば、新自由主義は正しいのだろう。そんな人間はみたこともないが。新自由主義によるカイカクを推し進めている小泉クンだってオペラを観にいったり、おいしいイタリア料理を食べに行ったりしているではないか。
ほんとうに効率だけをおしすすめれば、そんなものは全くのムダなはずである。

新自由主義の「競争」に対抗する一番の手段は「協力」である。
お互いに励まされたり、励ましたり協力することで人間社会はここまでの豊かさを手に入れられた。
どんなに力持ちな人がいたとしても優秀な設計者がいたとしてもピラミッドは一人で建てられない。
新自由主義はエリート主義である時点で人類の進化の歴史からも程遠い。エリートだけでは、おいしいごはんすら食べられない。多様性を排除し続ければ新たなる貧困な社会が出来上がるだけだ。

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October 31, 2005

小泉劇場大当たり(苦笑)

最近話題になっていたいわゆるB層
そんな人は身近にいないのでそんなに操作されやすい人なんているのか?と半信半疑でいた。
しかし、私はつい数時間前その典型の主婦に遭遇した。

b

こんな感じの人(汗)

帰りが遅かったので夕食を取ろうと、とある食堂に入る。隣に30代と思しき夫婦が座り、奥さんが大声でしゃべくりはじめた。
五月蝿いなと思いつつ、しばらく我慢していると、「2ちゃんが…」とか「ミクシィが…」とかノタマッテいらっしゃる。
よっぽど暇なのだろう。
そして、「今日見たテレビでねー、ブログにはまる主婦とかやってたよ~。ネタを考えるのに毎日5時間とかね~」。いかにも私は(2ちゃんやミクシィは見るけど)ブログなんて見ませんよといった雰囲気に少し目眩を覚えつつも、ここまではあまり気にもとめていなかった。

「ねーねー、今日超こ~ふんしちゃった~。テレビでずっと小泉内閣改造のやってて~。ず~~~っとザッピングしながら見てたんだけど~、安部さんが発表はじめるとこなんか~1・4・6・8・10って~ぜーーんぶ同じなの~。12ちゃんだけがチャンネル4とかやってて~健康のこととかやってた~。そんでね~ゆりこちゃんが~(お前の友達かよ!(筆者心の叫び))。」云々。

見事なほど「小泉劇場」の術中にはまっているようだった。

旦那の方はふんふんと相槌を打つ程度で、評論家気取りでマシンガンのようにしゃべりまくる奥さんに、私はかなり閉口した。
しょうがないので、連れにメールで「B層?」と書いたりして憂さ晴らししたのは内緒にしてください。

さて、まとめるといわゆるB層と思われるこの女性に今日の「将軍様の側近選びの巻」は大好評だったようだ。
今回の洗脳の前に注意深く批判的なブログなんて見ないようにご丁寧な前振りがあったことにも驚かされた。
広告代理店はさぞや笑いが止まらないだろう。
連れ曰く。「鴨がねぎ背負って、鍋かぶって、ミネラルウォーター片手にカセットコンロを引きずりながら歩いているみたいだね。プロデュースした人は、リオのカーニバル並に踊って喜んでいるだろうね」。

翻って私はかなり鬱になった。彼らは自分たちが増税され食い物にされることには全く気付いていないようだ。
彼らは自分達を踏み潰そうとしている人たちに簡単に騙されている。
振り込め詐欺にも簡単に引っかかってしまいそうだ。誰か彼らのために祈ってやってください。

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October 26, 2005

@nifty:NEWS@nifty:普天間移設、日本案で合意…シュワブ沿岸に(読売新聞)

リンク: @nifty:NEWS@nifty:普天間移設、日本案で合意…シュワブ沿岸に(読売新聞).

沖縄問題は、日本が独立国家といえるのかという問題と、アメリカ支配の人身御供として沖縄の人々が日本の他の地域の人々の代わりに辛酸を舐めさせられつづけてきたことを日本人が同じ日本人としてどのようなスタンスをとるのかという問題に帰着する。

今回の普天間基地の移設問題についてもやっぱりアメリカ様に頭があがらず、沖縄の人々を考えていない政府像がうかびあがってくる結果となった。
沖縄の人々の「馬鹿にしている」との気持ちを考えていれば、神奈川県の投票率が32%ちょっとなんていう恥ずかしい結果はでなかった気がする。
美しい国ニッポン?誇りに思えるニッポン?
個人的には伝統文化とか自然とかは結構好きなのだけれど、実態は新自由主義の競争原理のなかで、伝統産業や自然は既に死亡しているも同然の状態になってしまった。
現状では恥ずべき部分が大きすぎてとてもそんな言葉を使う気になれないでいる。

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October 23, 2005

嬉しいニュース

私の大先輩にあたる五十嵐仁先生は、労働運動の問題を中心に研究・活動を続けてきた人だ。
法政大学大原社会問題研究所副所長を務めているだけでなく、自らのホームページでも積極的な言論活動を続けてきた人物で、私の最も尊敬する研究者のうちの一人でもある。
彼のホームページ五十嵐仁の転成仁語で「改革ファシズムを止めるブロガー同盟」についての賛同が寄せられた。
とても勇気付けられた。

 私はこのような運動が起きることを期待していました。このような運動こそ、私のいう「知力革命」の一つの現れであると思います。知恵を働かせ、情報を駆使して「もう一つの日本は可能だ」ということを示していただきたいものです。  今の日本は、ますます危うい方向に進もうとしています。「危ない!」と叫ぶことは、そのことを知った者の義務でしょう。  見て見ぬ振りをすることは犯罪です。どのような不利益を被ろうとも、日本の人々への「罪」を犯さないために、私も可能な限り「危ない!」と叫ぼうと思っています。

まずは叫ぶことから。気になることは黙らない。でがんばりますか。

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October 22, 2005

今日気になったこと

いつからだったろう
比較的リベラルな言説の多かったネット社会で、政治的に反体制と見られる書き込みに悪意と憎悪に満ちた書き込みやバッシングが行われるようになったのは。

ネット右翼などについては、本宮ひろ志先生を支援する勝手連(通常時・ネット右翼問題を考える国民会議)さんのやっぱり宗教右翼の集団書きこみは存在した!を興味深く読んだ。
愛知県の宗教右翼がからんでいるらしい。うちのブログにプロクシさして必死にアタックしているのはこの人たちかもしれない。

特に酷くなったのは、小泉内閣メールマガジンが発行されはじめた頃を前後してではないか。

大阪日日新聞の温故知新ビル・トッテンさんの書いた「安保条約と日本の平和」H16/04/22付けコラムを読んだ。
キャッシュデータなので引用させていただく。

新聞という場で意見を述べられるチャンスを与えられている私は、自分が興味をもった話題を多くの読者の方にも考えていただきたいという思いから、裏付けデータを収集し、それについての自分の考えを述べるという形をとっている。しかし物事はたいていそんなに単純ではなく、さまざまな見方がある。そればかりか、強い影響力を持つグループが自分たちに都合のよい解釈を広め、それがすでに世間に常識として浸透していることも少なくない。 「都合のよい解釈」  日米安保条約が一例である。安保条約第五条には「自国の憲法の規定及び手続に従って、共通の危険に対処するように行動する」とあるだけで、アメリカが日本を守ってくれるということは一言も書いてない。反対に第六条には、「日本国の安全に寄与し、並びに極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するため、アメリカ合衆国は、その陸軍、空軍及び海軍が日本国において施設及び区域を使用することを許される」と、はっきりと軍事占領をすることが明記されている。

 この条文によって日本政府は在日米軍基地を維持するために年間五千億円、在日米軍兵士一人当たり千四百万円も負担しており、日本国民一人当たりの社会保障関係費が約十三万円であることを考えると、実に百倍以上の費用を米軍兵士一人に対して支払っていることになるのだが、これをいくら私が主張しても日本政府の要人が、戦後五十年間日本が平和のうちに繁栄を築くことができたのは安保条約にもとづく日米同盟関係があったからであり、この体制を堅持していくことが日本の平和と安全を守る唯一の道だと国民に広く宣伝していれば私のような意見は異端とされる。
小泉メールマガジン
 二〇〇一年五月、小泉首相は構造改革の過程を明らかにし、その理解と問題意識を共有していくことを目的として「小泉内閣メールマガジン」を創刊した。内閣府によるとメールマガジンを始めるために政府はシステム構築に九千三百万円、運用費用が十カ月で八千三百万円と、二〇〇一年度に一億八千四百万円もかけたという。これに対抗するのは至難の業であることはいうまでもない。

 また、今月からアメリカ追従を英語圏の人々にまで告知したいのか英語版のメールマガジンも発行し始めたことは興味深い。自衛隊のイラク派遣についてあらゆるメディアを挙げて「イラク復興支援」を前面に押し出そうとする政府の前に、私が違法性を主張したところで説得力がないのは仕方のないことかもしれないと思ったりもする。

 新聞は一方通行のメディアだが最近はよくメールで質問をいただく。先日も自衛隊派遣に関連して国外では日本国民を保護するべきではないと書いたことに対し、その理由をたずねられた。

 国外に自衛隊を派遣すべきでない理由は、国際紛争を解決する手段として武力による威嚇または武力の行使は行わないという憲法第九条そのものにある。日本国外で保護が必要になるのは国際紛争に巻き込まれた場合だ。もしそこで、その政府が自衛隊派遣を要請すれば別だが、そうでない場合にそこへ自衛隊を派遣することは治外法権にあたる。もっとも分かりやすいのはアメリカや中国、ロシアといった大国で紛争が発生した時に、それらの国の許可なく日本が自衛隊をその国に派遣することがありうるかを考えればよい。そして大国には派遣しない自衛隊を弱い国に対しては派遣してもよいとする二重基準こそ、国家としてとってはならない卑怯(ひきょう)な行為だと私は考える。
近隣と誠実な関係を
 政府は今、日本が再び武器輸出国になれるよう必死に宣伝をしている。一九七六年、三木内閣は武器輸出を全面禁じた。それを冷戦時代の一国平和主義だとし、また欧米各国もやっているのに日本はその国際標準からはずれている、だから武器輸出三原則を見直せ、というのである。しかし日本の安全保障のために武器輸出を解禁というのは私には矛盾語法にしか思えない。

 日本が安全保障のためになすべきことは、正直で誠実で相互に利益のある関係を近隣諸国と築くことである。日本一国で核兵器保有国から国を守ることは不可能だ。そして日本への核攻撃をアメリカが防ぐことはできない(アメリカこそが核兵器で日本を攻撃した唯一の国なのだ)。

 日本が生き残る唯一のチャンスは平和である。それには北朝鮮または江戸時代の日本のような鎖国に戻るか、または近隣諸国と正直で誠実な関係を築くために明治、大正、昭和時代の軍国主義には戻らないことを誓い、実行に移すしかない。遠い国からの脅威が問題になればそれは日本だけでなく近隣諸国にとっても同じである。いずれにしても近隣諸国は互いに協力して相互共同部隊を築くしかない。または全く無力か、アメリカの手先としてしか機能していない国連を、強力だが世界平和のための民主的な機関に変える努力をすることもできるだろう。

 それを可能にする第一歩は、日本政府がアメリカ追従を止めることだ。(アシスト代表取締役)

小泉内閣は自分たちに都合のいい内容を広めるためのメールマガジンだけでおおよそ1億円を毎年投入している。

洗脳を受けているのは、2001年時点で大都市圏の20代から30代の男性が多く、200万人前後(国民の5%)であるらしい。

一人あたり50円で洗脳できるとあればかなり低コストだとも考えられる。しかし、おかしい。外注であったとすれば1件50円はかなり法外な値段ではないか?300万通クラスのくじつきのメールマガジンでも1件あたりの手数料は0.5円ちょっとが実態だ(NTTデータキュピット参照)。100倍の手数料を払っていることになる。

外注でなく、ライターを雇ってサーバを管理する人間を使って、いったいなんで1億円かかるかが謎だ。

そのお金は誰に支払われているのだろう?

ここのブログ( ☆ 官 邸 日 記 ☆ ) に書いている人はかなりの高給取りなんだろうか?
胡散臭い文章がたくさんある。こんなこと書く人に税金支払いたくないものだ(小鳥ピヨピヨより)。

msnスペースなので、いったいどのような監視が行われているのやら…と思いつつ。

日米投資イニシアティブ2004

こちらもおもしろい。キャッシュしか残っていないので保存しておいた。

日本をアメリカにとって魅力的な市場にします!宣言(by小泉)

最近の米国企業による進出の例◎ 2003年4月に成立した改正産業活力再生法を活用した事例◎ JETRO対日投資・ビジネスサポートセンターの支援を受けた外国直接投資の例RCS ジャパン米国ニューヨークのソフトウェア業。ラジオ局向けに自動選曲用のソフトウェアを製造。ラジオ局のリスナーの嗜好にあわせた選曲を自動で行い、リスナーの反応を分析する機能も併せ持っています。現在、世界 5000 局以上において利用され、その世界シェアは 8 割以上、日本での顧客開拓のため、2004 年 1 月に支店を開設しました。進出に際し、JETROビジネスサポートセンター(IBSC)に入居。ジェトロは、法務・税務・労務のコンサルテーション、会計士等との面談アレンジを行いました。アドバンスド・アナロジック・テクノロジー株式会社米国シリコンバレーにある携帯電話に用いる発光LED制御用半導体メーカーで、日本での営業・顧客サービス強化のため 2003 年 7 月に株式会社を設立しました。設立準備にあたっては、ジェトロが設立用の資金送金方法に関する資料提供などの支援をしました。コロニー・キャピタルによるダイエー福岡事業の再編 株式会社ダイエーは、ダイエーグループ再生に向けて本業である小売業及び小売周辺事業への経営資源の集中を推進しています。その一環として、福岡ドーム及びシーホークホテル&リゾートの運営・管理等の福岡事業の株式の全てを、米投資会社コロニー・キャピタルの関連会社に譲渡しました。コロニーは、新会社を設立し、ホテルの改装、ショッピングモールの拡充、家族や野球ファン向けリゾート施設整備などにより顧客層の拡大を通じて売上増を目指しています。 カーライル・ジャパン・ホールディングス・スリー株式会社と株式会社キトーカーライル・ジャパン・ホールディングス・スリー株式会社が、株式公開買い付け(TOB)によって、産業機械メーカーである株式会社キトーのオーナー株主及び一般株主から株式を取得し、経営体制の強化を図りました(MBO:マネジメント・バイアウト)。TOBを行った後に、産業再生法の特例を用いて株式交換・合併を行い、㈱キトーを 100%子会社とし、カーライルグループのネットワークにより、キトーの経営資源を有効活用し、生産性の向上、財務内容の健全化等を図っています。コダックジャパンデジタルプロダクトディベロップメント株式会社とチノン株式会社米国コダック社の 100%子会社であるコダックジャパンデジタルプロダクトディベロップメント株式会社(KJDPD社)が、チノン株式会社(東証2部上場)に対して、産業再生法の特例を用いて株式交換を行うことで、チノンを 100%子会社化しました。その後、コダック社のR&D部門を営業譲渡等によりKJDPD社に移管し、チノンと合併することにより、競争力強化を目指しています。計画では203人から303人に従業員増を予定しています。 ◎ 上記以外の最近の事例 米国メルク社と万有製薬株式会社万有製薬株式会社は、世界の医薬品市場における環境変化に対応し、以前より協力関係のあった米国メルク・アンド・カンパニー・インクの完全子会社となることにより、米国メルクの世界的なネットワークや経営資源を最大限活用し、研究開発・製造・マーケティング・営業活動を一段と強化しました。米国メルクは、万有製薬が有する研究開発力を背景に、世界第2位の市場規模を持つ日本市場での事業展開の拡大を目指しています。

不思議とアメリカ企業ばかりだったりする。こんなにたくさんの日本企業を売り飛ばしましたよ!と嬉しそうに見えるのが何とも言えない。

あと気になったのは、内閣をはじめとする国の組織にかなり大量の大企業からの職員の受け入れがあるのだが、平成15年に453人だったものが平成16年には525人と目立って増えている点だ。

オリックスやトヨタ、松下電器だけでなく、経済社会総合研究所にサラ金のアコムまで受け入れている。あ、オリックスもサラ金だね。

日本よりも景気の悪い国はいくらでもある。経済大国と言われながら、国民の目からさまざまなことを伝えるべき者が伝えず、考えるべき者が考えない現状を深く憂う。

誰が誰にとって都合のいい解釈をしているのか。私たちの見抜く力が試されているのだ。

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October 09, 2005

「民営化」入門

本日は、知人の主催するプライベート花火大会に参加すべく、南武線宿河原駅に新宿経由で向かった。
新宿駅につく前に乗り換えの切符を間違って購入し、小田急線に乗るため新宿駅で、切符に路線変更のスタンプを押してもらい登戸に。
仮改札口に行くと、誰もいない。
スタンプを押してもらった状態では改札口をとおれない。慌てて周囲を見回すとあった。インターフォンだ。051008_2016001


インターフォンを押して駅員と会話する。「じゃぁ、きっぷそこに置いてください」。よくよく見ると、インターフォンの下のほうに、「きっぷ、定期を置いてください」と書いてある。モニタで切符を拝見ということか。

確認したら、遠隔操作で自動改札機が開くのだろうか?

「今から行きます」と、インターフォンの向こう側から駅員の声。

え?今から行く?遠隔操作ではないらしい。

待つ。ただひたすらに。

5分経過してやっと駅員がやってきた。自動改札をがちゃがちゃといじる駅員はすまなそうだったので、「あなただけに言うのは悪いと思うけど、これって効率悪いですよね。社長にちゃんと言ったほうがいいですよ」。

たかだか乗り換えに5分待った私はかなりのストレスを感じていたので、この改札だったら何をしても駅員に止められることは無いなと、イロイロ悪いことを考えてしまった。

たくさんあるパンフレットの束をばらまこうが、改札を強引に突破しようがしたい放題ではないか。
ごみをたくさん持ってきてばら撒くも良し。自動改札にジュースをぶちまけるも良し。と、犯罪者の一歩手前くらい怒ってしまった。

と、これで終わっては題名が泣く。

これはカイカクの一つ「ミンエイカ」の呪文の効果なのだ。

もちろん小田急は民間企業だ、しかし、民営化した後は国鉄がJRとなり、郵便局も民間企業だ(やや強引に)。
民間企業が効率的で低価格で素晴らしいサービスを維持していてこそ「ミンエイカ」の呪文は郵便サービスの改善にやくだつのではないか?そうに決まってる(論理の飛躍)。

民間企業である小田急は、企業の利益を最大化させるため人件費をけちってあのような箱を設置したのだ。
私は身体に障害を持っているわけではないので、インターフォンを見つけ、待たされてイライラしたくらいで済んだのだが、目の見えない人や耳の聞こえない人が同じ状況になったらどうしろというのだろうか。
改札口付近でトラブルがあった場合にどうやってそれを解決するというのだろうか。
監視カメラで監視していても犯罪など未然に防げない。ただ、その様子が記録され犯人がつかまりやすくなるというだけだ。
1人だけでも改札付近に人がいれば、困っている乗客を案内したり助けたりできる。困っている乗客をただただカメラが記録しつづけるのが、ミンエイカなのか。

民間企業がすべて素晴らしいサービスを提供し、社会的にも尊敬されていただろうか?

それならここ数年社長連中が記者会見で頭を下げた様子は私の見た幻だったのだろうか。
三菱自動車のつくった車から火を吹いたなんてこともなく、悪夢のようなJR西日本の脱線事故もなく、関西電力の原子力発電所で下請け会社の労働者が命を落とすこともなく、六ヶ所村で核廃棄物のバケツリレーが行われていたこともなかったことなのか?

そうだとしたら、どんなにか良いことだろう。心からそう思う。
民営化したからといって全てうまくいくはずが無い。郵政の最大問題のお金の流れにメスは入っていない(国会で参考人として意見を述べた山崎養世さんのブログ参照)。

ミンエイカすれば全てうまくいく。カイカクすればすべてうまくいく。
権力者の振りまく幻想は、醜い事実を覆い隠す不思議な呪文だ。

北朝鮮の悲惨な国内事情をテレビで観て安心している場合ではない。
自衛隊がいるイラクでの悲惨な状態はテレビではあんまり報道されていないぞ。

花火を観ながら考えた。イラクで人を殺すために使われている火薬の全てを、世界中で人を殺すために使われている火薬の全てを人を喜ばせる花火にして打ち上げてしまえ。

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April 13, 2004

茶色の日本

いま、「茶色の朝」という本が話題を呼んでいる。
フランスでベストセラーになった寓話だ。
私は未読なので、書店で探して是非読みたいと思っている。

本の内容は、
http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20040214/mng_____tokuho__000.shtml
こちらに詳しいので割愛する。

茶色い国ニッポンでは、人質になった3人の家族のところに嫌がらせが殺到するような状況だ。

奴隷たちが騒いでいる。奴隷の親玉が、「ご主人様に逆らうんじゃない」と奴隷たちを脅す。
奴隷たちは怯えて黙り込んでしまうのか。誇りを胸に立ち上がるのか。

立ち上がる人々は常に脅される。立ち上がってはいけないと、奴隷の親玉たちは恫喝するだろう。
不正義が行われても見て見ぬ振りをしろ、何もするな!

今脅されているのは「彼ら」だが、次は「隣人」、そして、「家族」「私」が脅されるだろう。
石原慎太郎や小泉純一郎は奴隷の親玉。ご主人様に忠実な良く吠える番犬。

番犬を鎖に繋げ!

わたしたちには、その力がある。

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March 26, 2004

三日坊主

ウェブに限らず、日記の類いは続いた試しがない私ですが、ブログを試してみたかったので、
登録してみました(^^)/

何を書こうかな?と思っていますが、気になるニュースや出来事についてのコメントを少し書
きたいと、思います。

気づいて読んで下さった方、ありがとう(^_^)

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